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作り話

私は会社をクビになったことがあります。
理由は【大切な商談】をすっぽかして、上司に食って掛かったから。


社会人になってから6年が経った頃、私はとある会社の営業課で将来を有望視されていたセールスパーソンでした。
そんな私に大きな仕事が舞い込んできた時のことは8年後の今でも鮮明に覚えています。



元々はライバル会社が担当していた大口企業の案件でしたが、双方の担当者同士が結託して裏金を作っていたという話があり、次の取引先として白羽の矢が立ったのが私が勤めていた会社だったのです。



担当者として選ばれたのは、当時営業課で成績が優秀だったAとBと私。

通常、一社に対して担当者は一人ですが、相手にする会社の規模が大きいために特別扱いとして特例で複数の担当者対応で臨みました。


そして、順調に話を進めていき、無事に契約日の朝を迎えました。
いくら大きな契約であったとしても、給料が増えるわけでもないため、私は緊張もストレスも感じることはありませんでしたが、この日の朝に出社するとAがいません。

どうやら過度のストレスと緊張、睡眠不足から体調を崩してしまった様で、病院へ行ってから商談の時間ギリギリ前に間に合わせて来るとのこと。


私はとても嫌な予感を抱きましたが、Aは私の先輩だったので、立場上『休んでいいよ。任せろ。』なんてことは言えず、ただ待つことしかできませんでした。



出発の3分前、Aは現れました。
しかし、どう見てもフラフラしていて顔色が悪い。
この時、無理にでも止めておけば、私が会社をクビになることはなかったと後悔しています。



A、B、私の三人は私の営業車で訪問先に向かいました。
移動時間は40分ほどだったと記憶していますが、半分くらい来たところで後部座席に乗っていたAが嘔吐。


ルームミラーで確認したところ、そこには口に手を突っ込んでいるAが映っていました。
なぜ、今しがた嘔吐した人間が口に手を突っ込んでいるのか。


答えはそれから半日後に判明したのですが、吐瀉物が喉に詰まったことが原因でした。


私はすぐに車を路肩に停車し、自分の服や靴が汚れるのをお構い無しにAの救護に当たりましたが、Bはそんな私達を尻目にタクシーを停めて1人で場を去っていきました。


私はBのこういう自分勝手なところ、結果を出すためには周りを蹴落とそうとするところ、仕事のためなら仲間を見捨てるようなところが大好きです。



しかし、私にはそれができなかった。多分、今同じことが起こってもできない。



だから、商談の一切はBに任せることにしました。Aと私を除けば、社内でBに敵うセールスパーソンはいない。
おまけに私のスーツはとんでもない汚れ方をしています。当事者のAは意識があるのかないのか…そんな状態。


どちらにしろ、商談はBに任せるしかありませんでした。


私はAの気道を確保し、救急車を呼びました。
東京都内の一般道でしたが、時間帯が悪く通行人がほとんどいなかったので、私のスマホはぐちゃぐちゃに汚れてしまいましたが、あの時はやむを得ませんでした。



救急車が到着し、救急隊員から私も一緒に乗っていくかと問われましたが、私はシャワーを浴びて服を着替えてから病院へ向かうので、搬送先が分かったら電話を貰うようにお願いして路上駐車していた車に戻りました。



すぐに発車し自宅へ向かいましたが、車内の清掃を含めて一時間ほどかかってしまい、Aの搬送先の病院に到着したのは現場で別れてから二時間後のことでした。


Aは命に別状はないとの診断を受けたとAの両親から聞き、安心したのもつかの間、私のスマートフォンに営業課の課長から連絡が入りました。
課長曰く、Bが何とか話を纏めたが、Aは仕方ないとして、社運が掛かっている商談を課長に相談もなくすっぽかしてしまった私の無責任さには失望したとのこと。
私は課長に反論し、最後には大人として決して口に出してはいけない言葉を発してしまいました。



【結果こそが全て】そんな会社を選んだのは私自身ですし、結果さえ準備できれば何でも許される組織は私にとって、凄く居心地が良かったのです。
だからこそ、その場所で一緒に働く友人を見捨てるようなことはできなかった。

先述のとおり私は深く反省と【後悔】はしていますが、あのときに戻りたいとは思えません。
何回戻ろうが、私はまた同じようにAの救護をして商談をすっぽかす過去にしかならないのですから。










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