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コニャック短歌10. 参照:「心に残る辞世の句2018.7.15」

永峰 肇(1925~1944)、特攻隊、海軍曹長。宮城県の貧しい農家に生まれる。1944年、築城海軍航空隊として南方へ派遣された。10月25日、神風攻撃隊敷島隊四番機として出撃。米護衛空母セント・ローを発見、撃沈し散華。享年19歳。辞世の句は、事前に整備兵が機に彫られているのを写し、両親に届けられた。


『南溟に たとえこの身が 果つるとも

いくとせ後の 春を想えば』


ありのまま、そのままを拡散させて頂く。今まさに80年前に匹敵する、目に見えない大量死が隠蔽されながら進行中だ。私たちは今彼らの辞世の句を我ものとして、新しい辞世の句を準備せねばならない。

永峰肇君、神風特攻隊の若者たち、そしてセント・ローの乗組員達に、献杯!





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