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“騎士団長殺し”読書感想文9.

“私はシェリル・クロウのCDをプレーヤーから取り出し、その後にMJQのアルバムを入れた。『ピラミッド』。そしてミルト・ジャクソンの心地よいブルーズのソロを聴きながら、高速道路をまっすぐ北に向かった。ときどきサービスエリアで休憩をとり、長い小便をし、熱いブラック・コーヒーを何杯も飲んだが、それ以外はほとんど一晩中ハンドルを握っていた。ずっと走行車線を走り、遅いトラックを追い抜く時だけ追い越し車線に入った。不思議に眠くはなかった。もう一生眠りが訪れることはないのではないかと思えるくらい、眠くはなかった。そして夜の明ける前に、私は日本海に着いていた。”

都内をあてどなく彷徨っている間に、魂の出血は止まったのか。シェリル・クロウのからむような音楽からMJQの軽快で夜景を楽しむようなブルーズが流れ、“私”は北を目指す。何故だろう?こういう時には、決まって北だ。おそらく脳はすでに日本海の暗鬱だが、反面熱い寒さを求めている。彷徨から放浪へと、本能が切り替わったのか。これ程の仕打ちではないが、きつい失恋を何度もしていると、男の心理にはナルシスティックな反転がある。受け入れてもらえなかった傷、悲しみに酔う為に、暗鬱な北の果の海は揺りかごのように、無意識を誘う。片恋でなく、数年間をともにした裏切りなので、傷は膿むが。

日本海が目の前に姿を現した時、“私”の中の異界が覚醒し始めたと感じる。

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