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ANA年収3割減ニュースから賃金減額を考える

先日、航空会社大手の全日空が年収3割カットするニュースを発表しました。

「ANAですら3割減ならウチの会社はどうなるんだ…」と不安になる方もいる一方、
「そもそも年収3割減なんて違法じゃないのか」と有効性に疑問を持つ方もいるかもしれません。
この記事ではどういった根拠で行われるかを考えてみたいと思います。

大原則:賃金額は労使の合意が必要

賃金を含む労働条件は厳密にいうと、労働基準法だけではなく、労働契約法にも属する内容となります。そして労働契約法は5つの原則があります(法3条)

1.労使対等の原則
2.均衡考慮の原則
3.仕事と生活の調和への配慮
4.信義誠実の原則
5.権利濫用の禁止の原則

契約に関しては、企業と従業員が対等の立場(1)で、仕事の実態を考慮し(2)、ワークライフバランスを配慮しつつ(3)、お互いの義務と権利を忠実に守り(4)、むやみに権利を乱用しないこと(5)、としています。

また、労働契約の変更についてはお互いの合意があれば可能とされています。(法8条)
このことから、一応、労使間で合意があれば賃金変更は可能とされています。(実態は簡単ではないですが・・)

賃金減額ケースは懲戒と評価の2つ

次に賃金減額ケースとしてどのようなものがあるか見てみましょう。
賃金減額の代表的なケースは、「懲戒」と「評価」の2つに分かれます。

・懲戒:就業規則に記載した違反内容を犯した場合
・評価:人事評価で低い査定を受けた場合

企業が決めたルールを違反した場合に違反内容の程度によって減額を受けるケースが「懲戒」、人事評価で低い査定を受けた場合に減額となるケースが「評価」です。
どちらのケースにしても勝手に減額されたらたまったもんじゃないですよね。実はどちらのケースも実施するためのルールがしっかり決まっています。

懲戒による減額ルール

懲戒による減額は、就業規則にその内容が記載されていることが必須です。
企業の勝手な判断で実施できないんですね。
加えて、減額上限額も設定されています(労基法91条)。それは、
就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない。

どういうことか、簡単な例を見ながら説明していきます。
ある従業員(月給30万円、1日1万円と仮定)が大きな就業規則違反をしてしまい、減額対象となったとします。
その場合、1ヶ月の給与から減額できる上限金額は、1万円×50%の5,000円未満です。また、複数月にかけて減額したとしても合計金額は30万円×10%の30,000円未満が上限となります。加えて、賃金減額には適切なプロセスを踏むことも求められています。

つまり、懲戒での賃金減額は金額だけ見ればたいしたことない、ということです。ではなぜ実施する必要があるかはまた別の機会に記事を書くとします。

評価による減額ルール

人事評価による減額は懲戒に比べ、より複雑で企業状況によっても大きく変わるため、個別ケースで内容が変わってくるのが実情です。その中でも比較的多くの企業に当てはまるのが下記3点です。

・等級テーブル、賃金テーブル、評価項目が明確に明示されているか
・評価プロセスにおいて事実誤認・合理性の欠如がないか
・降格が原因の場合、降格前後で業務・責任範囲に変更が生じているか

あらかじめ、どのような状態になったらどれぐらい賃金が変わるのか、が事前に通知されており、評価プロセス・内容に透明性と納得性があり、降格による原因の場合は業務範囲の変更(予算額やマネジメント有無、担当範囲)が実行されていることが求められます。

ANAのケースは労働協約締結か

では、今回のANAはどのように進めていくのでしょうか。
まず初めに賞与についてですが、賞与は多くの企業で規程上「業績によって支給しないことがある」と表記している、もしくは企業全体の業績が一定水準下になった場合は減額・未支給としている部分を根拠として賞与未支給を選択していると思われます。

ただ、今回は賞与だけではなく月額給与にも影響が出るほどの減額幅です。ANAの評価制度がどのようなものかは分かりませんが、口コミ情報を見ると年功序列制度に近いものかなと思いました。

年功序列制度であれば、恐らく賃金減額は降格以外では余程のことがない限り、発生しないのではないでしょうか。(間違えていたらすみません)
そうだとすると、別途労働協約を結ぶか、就業規則の変更が必要になってきます。一時的な措置である可能性が高いことから労働協約を結ぶことになるのではないでしょうか。

労働協約は一定の基準を満たせば、組合員以外にもその内容を適用させることができます。その代り、組合との交渉はとてもハードであると言われています。
ちなみに労働協約は、労働組合がないと締結できません。(労使協定とは別物です)


労働組合がない企業では、就業規則変更 or 従業員と個別同意のどちらかで進めていく必要があります。

月給ベースでは約3.9%の減額か

年収3割減のうち、月給ベースでどれぐらいの減額幅になるか試算をしてみました。
まず、ANAの平均年収は7,365,000円です。(2020年3月31日現在、有価証券報告書から)

賞与については情報リソースが不足してますが、openworkの口コミを元に予想として200万円/年と仮置きします。
すると給与は5,365,000円/年であることが分かります。

ニュースの年収3割減は賞与を含めた年収であることから、削減額は7,365,000円×30%で2,209,500円です。

仮に年間賞与額200万が全て未支給となると、
2,209,500円ー2,000,000円=209,500円が給与減額分となります。
割合としては209,500円÷5,365,000円で3.9%となります。
月額換算すると、209,500円÷12ヶ月=17,458円となります。
(あくまで限られた情報を元にした試算なので合っているかどうかはわかりません)

結論:賃金減額は明確なルールと合理性が求められる

ここまで話してきたように、賃金減額は労使間の合意があればOKとされているものの、実行には各企業に置かれた状況を元に、明確な根拠と社会一般的に合理的がどうかが問われてきます。
また最近流行ってきている「ジョブ型制度」は賃金減額もセットでついてきます。


もし制度の移行や、減額実行を検討せざるを得ない場合は、事前に自社規程を見直し、どの程度の変更になるのか(変更の程度)、相当性がどの程度あるのか等をしっかり評価してから進めていくことをおススメします。

当事務所では就業規則変更、人事評価制度構築サポートを行っています。
もし悩まれている場合は下記フォームからお気軽にお問い合わせください。


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