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前進限定

家の外壁塗装工事が終わり、先日いよいよ足場を解体してくれることになった。工事業者さんがやってきて、
「すいませんが明日の朝までに、車を近所の駐車場に移動しておいて頂けませんか?」
と言う。
日付を聞いて困ったな、と思った。夫が関西の舅の通院に付き添いに行く日に当たっていたからである。

私も免許はある。が、私の運転技術ときたら、我ながら目を覆うばかりの酷さである。
私は『運転技術の巧拙は大いに運動神経に関係している』という持論を持っているのだが、それは自分が酷い運動音痴且つ酷い運転音痴だからである。
加えて方向音痴、空間認識音痴な上に異常なまでの近視。これで運転が得意な人間が居るわけがない。

家の前の車を出すのは簡単だ。普通に出すのは私でも出来る。
しかし、問題は車庫入れである。お恥ずかしい話、家の車庫にすら入れられない。
運転全般が苦手な私だが、中でもバックは物凄く苦手である。やりたくない。ただでさえ見えにくいのに、後ろなんてもっと見えない。感覚がつかめない。自動車学校でもお情けで二段階を通してもらった経歴の持ち主である。
バックモニターはついている。しかし運転しながら画面を観るなんて器用な芸当は私には無理である。
昔は小さめの車に乗っていたので、猛バックは無理でもなんとか車庫入れくらいは出来た。しかし今のプリウ〇君は私の手に余る大きさである。
普通の不器用なら『不器用だねえ』と言われることさえ耐えれば良い。しかし運転の不器用は人に迷惑をかける。下手したら人命を奪う。
怖くて仕方ないのである。

北陸と関西に居る間は、乗らないと生活に困るのでしょうがなく乗っていたが、こっちは車に殆ど乗らなくて済むから、良い具合だと思っていた。
が、こんな急に、しかも夫を頼れない状況下で、大嫌いな『バック』で車庫入れをしなければならないなんて。悲惨である。
しかししょうがない。私の運転技術の拙さをよく知っている夫は非常に心配したが、大丈夫よ、と笑顔で送り出した。
なんとかなる。いや、なんとかせねばならない。

近所の駐車場は住宅街の中の随分奥まったところにある。
こんなところに車を置きに来る人なんて、そんなにいないに違いない。多分余裕で置けるだろう・・・私はそんな勝手な憶測をしていた。
しかし一抹の不安があるにはあったので、明るいうちに駐車場を見に行った。
とまっている車はたったの二台。十台ほどのスペースはがら空きである。良かった、これなら空いているスペースで切り替えしてなんとか私でも駐車できそうだ。
安心しきって家に帰り、晩酌しながら録画した音楽番組をゆっくり観て、一人時間を満喫していた。
夫からは
『とめられたか?』
というLINEが入ったが、
『大丈夫。がら空きやし、明日の朝にとめに行くわ!』
と返して良い気分になっていた。

風呂から上がり、もう寝ようと思って二階の自室に上がり、見るともなしに窓越しに件の駐車場を見た私は、驚いて目が覚めた。
空きスペースが一台分しかない。これでは明日の朝、とめられなくなるかも知れない。
大慌てで車のキーをひっつかみ、パジャマのままプリウ〇に飛び乗ってエンジンをかけた。
十一時半。いつもなら寝ている時間である。しかし私は駐車スペースを確保したい一心で、車を走らせた。

いざ、駐車場に着いて困った。
一番とめにくい奥の端しか空いていない。しかしここにとめるしかない。
最初は頭から突っ込んでみた。しかし無理。昼間広々と空いていたスペースには今はぎっちりと車がとまっている。
泣きたくなった。が、しょうがない。大嫌いな猛バックを、しかも駐車場の入り口からやらねばならない。
一旦外に出て、態勢を立て直す。入り口のゴミ置き場の囲いに当たりそうになって、ヒヤヒヤする。
隣の車はなんだかとてつもなくデカい外車だ。こすったら大変そうだ。ミラーを見たり、バックを見たり、大忙しである。
それでもなんとか無事に入庫出来、ほっとしてロックをかけて、自宅に帰った。十二時にはなっていなかったから、まあ上出来だったと言えるだろう。
布団に入ってもちゃんと駐車できた興奮のせいか、しばらく目がギンギンに冴えてなかなか寝付けず困った。

無事に足場を外してもらい、工事は終了した。その日の夕方、夫が帰宅した。
顛末を話すと大笑いされた。
「お前、よおやったなあ」
「ホンマやで。私、自分を褒めたいわ。隣の車、めっちゃデカかってんから」
「何がとまってたん?」
「ええっとなあ・・・Cで始まるつづりの・・・前の鼻のところに太い斜めになった十字架みたいなマークが付いてて・・・」
私の車の知識のなさは、この語彙の少なさに表れている。車オタクの夫は首を傾げた。
「??なんやろな?」
「背がどーんと高くて、ピックアップトラックみたいな形のボンネットで、でも普通の乗用車で・・・」
「わかった!コルベットやな!アメ車やんけ!よおまあ、無事にとめられたなあ!」
「あ、それっぽい!!」
夫と二人、爆笑することになった。

もうしばらくは車に乗らなくて良いだろう。
いや、当分乗りたくない!!特にバックの車庫入れ、したくない!!
私の運転は前進限定、でお願いしたい!