見出し画像

子供に好かれる人

『犬好きは犬が知る』というのは誰かの小節の有名な一節だった気がするが、読んだ本を端から忘れてしまう私なので、誰の何という本だったかは覚えていない。だが、これほど「言い得て妙」な言葉もないものだ、と犬を飼うようになってからつくづく思った。
私も犬好きで、周囲の人が怖がるような犬が平気で尻尾をフリフリ近寄ってきて、顔をペロッと舐めたりすることもしばしばあった。

しかしこれはこと『犬』に限ったことである。
私は小さい子供が大好きだが、彼らにはどちらかというと好かれない性質である。非常に残念だが認めざるを得ない。
特に家の中に眼鏡をかけた人がいない子には怖がられる。私の眼鏡は大抵細い金属系のフレームであることが多いので、余計に怖いイメージを与えてしまうのかも知れない。好きなのに好かれないのは悲しいことである。

ところが、子供の相手を全くしないのに子供に物凄く好かれる人、というのがいる。我が夫である。
小動物系の顔立ちという訳でもないし、クマさんみたいに愛らしい身体つきでもない。特に子供を可愛がったり、かまったりするのは一度も見たことがない。カワイイとは思うようだが、どちらかと言えば面倒くさそうで、関心は薄い。自分の子供ですら、あまり一緒に遊んでやるタイプではなかった。
だが、何故か子供達の目には、夫は『好人物』と映るらしい。

姑から聞いた話である。
姉がまだ赤ん坊だった姪っ子を連れて帰省していた時、姪っ子がベビー椅子に座らされている横で夫が食事をしていたことがあった。
姪っ子は丁度離乳食期に入った頃で、大人が食べるものに興味津々だった。食事する夫の口元をマジマジと見つめていたらしい。
姪っ子の視線に気づいた夫は、自分の食べていた物を姪っ子の方に差し出した。姪っ子はあーんと口を開ける。夫は姪っ子の鼻先でそれを引っ込め、自分の口に入れると、ニマーと姪っ子に向かって笑ったという。
酷いおじである。こんな事をされたら、大抵の子供はえーんと泣きだしてしまうのではなかろうか。
ところが姪っ子は夫と一緒にニマーと笑った、というのである。
この子は元々穏やかな性格で、気の長い所がある。そのせいも大いにあるとは思うが、子供に警戒心を抱かせないような雰囲気が夫にあるからなのかも、とは思う。

数年前、夫の職場の退職した女性が、
「皆さんで一度ウチに遊びに来て下さい」
と言ってきたとかで、夫は職場の皆と連れ立ってお宅にお邪魔しに行ったことがあった。
そのお宅には四歳と三歳の男の子が二人。二人共プラレールが大好きで、沢山持っていた。
夫は鉄オタでもある。大量の線路を目にして、血が騒いだらしい。丁度その時一緒に行っていた、同じく鉄オタの同僚と一緒に、
「おっちゃんらに任せろ。凄いの作ったる」
と言って食事もそっちのけで、頼まれもしないのに一大ジオラマを作り始めた。熱心にプラレールと格闘するアラカンのオッサン二人を、お子さん二人は一生懸命手伝っていたそうだ。どっちが子供かわからない。
後日彼女が送って来て下さった写真には、部屋の半分を占める壮大なジオラマを前に、得意そうに微笑むお子さん二人と髪の薄いオッサン二人が映っていた。
「『片付けたらダメ。あのおっちゃんがまた来るならいい』と言われてますので、我が家が掃除をする為にもまた是非いらして下さい」
という文面が添付されていて、つくづく申し訳なく思った。

多分夫には「大人として子供の相手をしてやる」という感覚がなく、「一緒に遊ぶ」ような感じなのだろうと思う。わざわざ構えないから、子供の警戒心を引き起こさないのだろう。
実は息子もたいして子供は好きではないのに、子供に好かれる体質である。小学生の時から、何故か友達の妹や弟がなついて引っ付いてくることが多かった。一人っ子でのんびり穏やかだったからかも知れないが、夫の遺伝だろうと私は密かに思っている。

息子はまだ学生だというのに、
「早く孫の顔がみたい」
と気の早いことばかり言う夫だが、お爺ちゃんになってもきっと孫と『一緒に遊ぶ』んだろうなあ、と今から想像して一人笑っている私も、相当気の早い人間である。