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男も辛いよ

先々月の終わり頃のことである。
七十代くらいの一人の男性が、女性用のブーツ売り場をウロウロしているのが見えた。プレゼントかな、と思って見ていると、試着しようとするので慌てて駆け寄り、
「お客様、こちら女性用でございます。男性用はあちらに」
と案内しようとすると、
「あのね、僕は足が小さいの!男性用だとすっぽ抜けちゃうんだよ!男物の小さいサイズ、ないでしょう?」
と少しイライラした調子で言われて、言葉を失ってしまった。

お客様のサイズは二三・五センチ。
そんなサイズの男性がいらっしゃるなんて、思いもしなかった。
「こちらだと、男性用でSサイズになりますが・・・」
フワフワしたキルティング地のブーツをお試し頂くよう、お持ちした。
元々、ウチの売り場では男性用のブーツの取り扱いは多くない。ブーツと言うより防寒長靴、と言った感じのものが二種類くらいある程度だ。
その内Sサイズがあるのは一種類だけ。しかも数がない。あまり売れない為メーカーも多くは作らないし、売る側も殆ど仕入れない。色も二種類しかない。
しかしSサイズとは言え、男性用だ。小さくても二十四センチくらいはある。足の形が合えば履けるんだけど、と思いつつお勧めする。
「どうかなあ。Sサイズでも大抵ダメなんだよね」
お客様は眉間に皺を寄せたまま、渋々足を入れた。
ちょっと心配しつつ、お客様のご様子を見守る。

と、お客様の顔がぱっと明るくなった。
「お、コレ大丈夫みたい。良いねえ」
少し歩いてみたり、その場で足踏みしたりしながら、お客様はすっかり上機嫌だ。
「生憎、あまりデザインの種類がございませんで・・・」
と謝ると、
「いいの、いいの!これは良いや!これにしよう!」
と喜んでお買い求め下さった。
お見送りして、胸を撫でおろした。

先週は違う男性がレジにやってきて、
「これ、男でも履けるよね?」
と靴下を一足、レジ台に置いてお尋ねになった。
見ると女性用機能性靴下のLサイズである。『ピタッと履けて脱げません』という売り文句が袋に書いてある。サイズの上限は二十四・五センチという表記だ。
「オレさ、足二十四センチなんだよ。男物の靴下、踵が合わねえんだ。これだとズレないだろ?」
ううん、どうなんだろう。答えに困ってしまった。

実は靴をお求めのお客様が
「靴下も買いたいんですけど、売り場はどこですか?」
と尋ねられることはとても多い。
靴下は二階の衣料品売り場にあるから、本当はそこまで行って頂かなければならない。しかし特にご高齢のお客様だと面倒がる方も多いので、ほんの少しだが一階の靴売り場に置いてあるのである。女性用のみだ。ちょっと高級な商品だが、割とよく売れる。
靴だと紳士用の二十四・五センチと婦人用の二十四・五センチは違う。甲の高さや幅など、縦の長さ以外の部分がかなり異なるからだ。安いしこれでいいわ、と違う性別用の商品を買おうとするお客様には、必ず一度試し履きをお願いしている。どうしても、と仰る方以外にはお勧めしていない。
しかし、靴下はどうなんだろう。
インナー担当の職員にインカムで尋ねてみると、
「お客様の足の形にもよりますが、多分大丈夫です」
という返事がベテランのKさんから返ってきた。
男性は喜んで買って帰られた。

少し経ってからKさんが来てくれた。
「さっきのお客様、どうだった?」
またしてもレアケースに遭遇した私を心配してくれる。
「はい、喜んでお帰りになりました」
そう答えるとKさんは
「本当にたまーにだけど、いらっしゃるんだよね、小さい足の男性のお客様。靴下探し、大変みたいだよ。私も何度か手伝ったことある。足の形が女性と全然違うから、難しいんだよね。あの商品はよくのびるから大丈夫だよ」
と笑って、ありがとね、と二階に戻って行った。

帰ってから調べてみると、二十二センチから二十四センチの足の男性は全体の約一割程度いらっしゃるらしい、ということがわかった。十人に一人とはかなりの人数だ。そんなに沢山の人が靴や靴下選びに困っておられるんだ、と新鮮な驚きだった。
最近になってあるメーカーの二十三センチの紳士靴が入荷した時は、売り場のみんなで驚いたのだが、早速売れたので更に驚いてしまった。
需要はあるんだねえ、という話になっていたところだった。
以前、小さな足の女性が合う靴を奪い合うように買っていかれる、という内容の記事を書いたが、小さい足の男性も大変なんだと気付かされた。

ついつい『これが普通』と思ってしまっているけれど、考えてみれば全く同じ人間など居ない。『普通』の人間ってどういう基準で『普通』なのだろう。自分の中の定義がとても曖昧なことに気付かされる。
『常識とは十八歳までに身に着けた偏見のコレクションのことをいう』
アインシュタインの言葉を身を以て感じている。

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明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

2024年1月1日
在間 ミツル





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