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『ロマネスク』のご縁

『ロマネスク』はアメリカの作曲家、J・スウェアリンジンが1982年に作曲した吹奏楽曲である。コラール風の静かな曲で、技術的難易度はそんなに高くない。美しいフレーズが特徴的である。
打楽器は殆ど出番がないので、演奏会でパーカッションパートを休ませたい時などに演奏されたりすることもある。

実は私、この人の作る曲があまり好きではない。『この作曲家、このパターンの曲調良くあるよねー』というのを俗に『○○節』と言ったりするが、私は吹奏楽に於ける『○○節』がどうしても好きになれない。曲の展開が見えてしまうと聴く前から予想がつくので、感動が薄いような気がする。時代劇『水戸黄門』は結末の予測がつくから面白いのだが、楽曲の流れの予想がつくのはつまらない、と思ってしまう。
吹奏楽愛好家の中には『展開の予想がつくのがたまらなく好き』という種類の人も居る。音楽の好みは人それぞれだから、そういうのもありだろうとは思う。『水戸黄門は結末の予測がつくからつまらない』という人がいるのと同じだ。
この人の作る曲はどれもこれも、バッチリ『スウェアリンジン節』炸裂である。『ベタ』なのだ。

確かに美しいフレーズが多いし、演奏していて楽しいのは楽しい。難解なスケール(運指)や、これでもかというくらい速いタンギングも要求されないから、奏者としては『楽』ではある。でも私は吹いていて「なんだかつまらないな」と感じてしまう。あまり心が入っていかない。まともに演奏できる数少ない曲の一つなのに、生意気なものである。

コラール風の曲というのはフレーズを長くとらねばならない為、なるべく普段の練習に取り入れた方が良い。ついついブレスでフレーズをブチ切りしがちな私のような素人は、特に意識して練習する必要がある。だが、どうしてもフィンガリングやタンギングなどの技術の練習に多くの時間を割くことになるから、こういう練習はどうしても後回しになってしまう。
普段はわざわざコラールの楽譜を用意なんてしていない。
だが先日カラオケボックスに練習に行った時は、たまたまこの曲の楽譜が手元にあった。好きじゃないけどたまにはフレージングの練習でもするか、と思ってウオーミングアップのつもりでさらっと吹いた。

翌日、店に行って受付票に記入していると係のTさんが、
「在間さん!この前『ロマネスク』吹いてらっしゃいませんでしたか?」
と目をキラキラさせて話しかけてくれたので、ビックリしてしまった。
吹奏楽人口は多いから、そういう店員さんがいても別に不思議ではないのだけれど、想像もしなかったので驚いた。こんな身近に吹奏楽経験者がいたなんて、ちょっと嬉しくもあった。

Tさんは最近入ってきたパートの受付係さんである。若々しいので最初見た時は学生さんかと思ったが、既婚者で子供もいると聞いて驚いてしまった。
初めて言葉を交わしたのは二か月ほど前のことである。
「あの、お気に触ったらすいません。在間様って関西のご出身ですか?」
と訊かれて、そうです、と言ったら、
「やっぱり!主人とイントネーションが同じなんです!」
とニコニコ笑った。
ご主人の出身地は私の通っていた大学のすぐ近くだそうで、色々話が弾んだ。それ以来、親しく話すようになった。

Tさんは中学高校と吹奏楽部に所属していたそうだ。『ロマネスク』はTさんが高校生の時に定期演奏会で吹いた、思い出深い曲だという。
「私、トランペットやってたんですよ。この曲、静かであんまり主張しないんですけど、何故か好きで。この前在間さんのお部屋から聴こえてきて、懐かしくなってずっと聴いちゃいました!」
聴かれていたとは、恥ずかしい。こっちは適当に吹いただけなので、全然気持ちも入っていない。なんだか申し訳なかった。
でも練習から帰る道すがら、温かい気持ちが私の心を満たしていた。

『ロマネスク』は好きではない。けれど今回の小さな出来事のお陰で、私にとって忘れられない一曲になった。