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迷医ここにあり

前から度々書いているが、夫は大の医者嫌いである。この人が『病院に行ってくる』と言う時はよほど堪えられない時だから、言うとちょっと心配する。
なんせコロナに罹患した時ですら、私に検査キットを買ってこさせただけであるから筋金入りだ。肩の痛みで受診したことがあるくらいで、医者にかかったのは結婚以来数えるほどである。

私も普段から医者にはあまりかからない。じゃあ夫と同じではないか、と思うが違う点がある。
私はおとなしく状況を判断して、具合が悪ければじっと寝ている。どうしても無理そうなら早めに医者に行く。自慢気に書くことでもなく、当たり前のことだ。
だが夫はこの『当たり前のこと』をやらない。具合が悪くても寝ない。何をするでもなくウダウダと起きている。就寝時間も遅い。その癖、
「自分の身体は自分が一番よく知っている。『お医者様』に『治して頂こう』なんて他力本願な姿勢でいるのが一番健康に良くない。オレは自力で治すんや」
と鼻息荒く自説を並べ立てる。
一見立派な説だが、これだって本当に『自説』かどうかは大変怪しいと、私は思っている。筋が通り過ぎているし、夫の『生態』とそぐわないからである。
言葉だけが一人歩きしていて、実態が伴っていない。そんなすぐに化けの皮が剥がれそうな事を、滔々と述べてふんぞり返っているのがいかにも夫らしい。

先日来、夫はどうもお腹の調子が良くない。元々あまりお腹は丈夫な性質ではないのだが、今回は酷くやられたようでずっと顔色も冴えない。
こういう時、私は消化の良いもの少量を食べるようにする。無理して食べない。誰でも普通そうだろう。
『消化の良いもの』と言えば、すりおろしリンゴとか、バナナとか、柔らかく似た野菜で繊維質の少ないものとか、白身の魚の煮たのとかを普通は思う。
だが、夫には一風変わったものが『消化の良いもの』として認識されている。もう随分慣れたがいつも一瞬戸惑ってしまう。
代表的なのは苺。あのツブツブを見ただけで消化が悪そうなのは一目瞭然だと思うのだが、夫は消化が良いと信じている。
豚肉も『脂が少ない』ということで、夫としては『消化が良い食べ物』らしい。それって単に食感の問題ではないか、と思うのだが、言っても聞き入れない。
あっさりした和風のおかずにしようとすると嫌がる。おかゆよりシチューが食べたい、シチューは消化の良い食べ物だ、という。絶対ダメだと思うのだが、頑として聞かない。こっちが折れるまで言いつのる。
いつも根負けして言う通りに準備するのだが、食べるとやはり腹を壊す。それ見たことか、と思うのであるが、そこは夫。口が裂けても『オレの言ったことは間違っていた』などとは言わない。
「今回はいつもと違って症状が重い。酷い病気かもしれん」
などと言う。
そらそんな消化の悪いもん食べてたら当たり前やん、と思うが黙ってそうですか、お大事に、と言っておく。
争うのは時間と労力の無駄であるから、最近は端から要望通りにしている。夫の口から出てくる言葉はいつも同じなので、もう怒ったり呆れたり嘆いたりしない。密かに笑ってはいる。

自説と言えば、夫は自分の症状からトンでも判断をして『病名』をつけたがる。
夫によると、今回の不調の原因は『ノロウイルス』なんだそうだ。だが、あの症状の激しさを知っている私は、絶対に違うと思っている。
夫は正月休み最終日、ポケットバイクで海岸線を流してきた。非常に気温が下がった日で、『もっと暖かい服装で行ったら?冷えてお腹を壊すよ』という私の忠告などには勿論耳を貸さず、ジーパンの下にアンダーウエアを着ただけの格好で三時間以上、早朝から出かけていた。調子を崩したのはその直後からである。
絶対にこの時の『冷やし過ぎ』が引き金になっているに違いない。でも黙っている。

こんないつものやり取りをしながらも、夫の症状はなんとか昨日くらいからおさまってきた。
「ほらみろ。医者になんてかからんでも治るんや。病気は自分で治すんや」
夫はいつものようにふんぞり返っている。
そうも言ってられない時が来たら、わかるのかしら。いや、わからんやろ。
まあ自己責任ということで、これからも静観していこうと思っている。