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棒読みの魅力

ドラマ「科捜研の女」が好きである。
どのキャラクターも味があって大好きなのだが、一番好きなのはやっぱり主役の榊 マリコだ。ご存知沢口靖子さんが演じておられるのだが、これ以上ピッタリの役者さんはないように思う。
はまり役、というヤツである。

沢口さんというと大変な美人である。個人的には笑うと口の端がきゅっと上がるところがとても好きだ。清楚で知的なイメージを持っている。白衣もよく似合ってとても素敵だ。
が、役のマリコは科捜研の研究員という、知的な仕事に就いているものの、家事全般は苦手で部屋の片付けも出来ない。仕事に夢中になると周りが見えなくなり、他人の迷惑をかえりみず突っ走る。猪突猛進という言葉がピッタリくるキャラクターだ。法医学の教授である風丘先生(若村麻由美さん)や他の科捜研のメンバー、京都府警の捜査一課の土門刑事(内藤剛志さん)も、いつもマリコに振り回されている。
本当の沢口さんのイメージとはかなりかけ離れた、すっとこどっこいな人物である。

でもマリコを演ずるのは、絶対に沢口さんが良いと思ってしまう。どうしてなのだろう。
正直言うと、失礼ながら沢口さんの台詞まわしは棒読みに近い。怒っていても、喜んでいても抑揚があまりなく、台詞から感情を読み取るのが難しい。
表情にもあまり差が感じられない。目の表情がいつも同じなのだ。ウキウキしていても、しょんぼりしていてもほぼ同じようにみえてしまう。
マリコが動揺しているのを見たのは、一度くらいである。マリコは土門刑事と心を許しお互いに認めあう、友達以上恋人未満の関係なのだが、その土門刑事の昔のつきあっていた?女性が殺された事件の時だった。この時マリコは動揺するあまり、使い慣れた職場の出口を間違えて反対方向に行ってしまい、同僚達にびっくりされている。が、こんな時でも顔の表情は変わらない。動揺を押さえているのにしては、不自然である。そうじゃないやろ、と突っ込みたくなるくらいだ。

例えば上野樹里さんや寺島しのぶさん、宮﨑あおいさんなどがマリコ役をやったらどうだろうか。きっとその演技に引き込まれる。喜怒哀楽は分かりやすく、マリコの人物像は一層はっきりするだろう。いや、はっきりするというより、台本に想定されたマリコのキャラクター以外のマリコを、彷彿とさせられるかもしれない。
キャラクター像に「イメージの肉付け」がなされると思う。

沢口さんのマリコは良い意味で「台本のマリコそのもの」なのだと思う。「マリコってこういう人よな」とこちらが上手い具合に思い込んでいる。多分、ほとんどの視聴者がそうなのだが、それを百パーセント裏切られない安心感がある。
つまり「自分の想像力の庭」の中にいるマリコを、安心して見守っていられるのである。
それだけしっかり脚本段階で人物設定ができている、ということもあるだろう。マリコの個性を随所で活かすような話が作られているのも、沢口さんのマリコをマリコたらしめているのだと思う。

普通なら、台詞の棒読みは白けてしまう。だが、マリコはこうでないといけないと思う。もしマリコが情感たっぷりに怒ったり喜んだりしたら、私はちょっと違うと感じてしまうだろう。棒読みするのがマリコなのだ。
ドラマ「相棒」に鑑識課の米沢 守役で出演されている六角精児さんが、「自分が米沢なのか、米沢が自分なのか、時々わからなくなる」と何かで仰っていたのを聞いたことがあるが、多分沢口さんもそんな感じなのではないか、と思っている。
正に「なりきっている」のだと思う。

このドラマは長寿番組だ。マリコのお母さん役だった星由里子さんは、もう亡くなってしまった。メンバーもぼつぼつ入れ替わっている。けれど「マリコ節」は健在で、相変わらず周りは振り回されている。
外見は可愛く凛々しい、でも実は女子力ゼロの科学捜査官。こんなマリコは私にとって、とんでもなく魅力的な女性なのだ。

そんな訳で、私は沢口さん演ずるマリコが大好きなのである。