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憧れの桃子さん

若い頃は私もご多聞に漏れず、ロングヘアに憧れた。高校生までは何かと制約があり、実際に伸ばすことが出来たのは大学生になってからである。
尤も、自発的に『ヨシ、髪を伸ばそう!』と思って伸ばし始めたのか、というとそうではなくて、当時付き合っていた彼氏が『ロングが好きだから伸ばしてくれよ』などということを言ったので、伸ばしただけのことである。
両親には不評で、「シャンプーが沢山要る」とか、「すすぎの為に水が大量に要る」とか、「長い髪が床に落ちて不衛生」とか、主に経済的・衛生的なことに対するありったけの不満を並べられたのだが、恋する乙女の一念は強く、ずっと聞こえないふりをきめこんでいた記憶がある。

一番長かった時は腰まであり、我ながら鬱陶しかったので、いつも一つに括っていた。ポニーテールは特に好きで、しょっちゅうやっていた。昔の人気マンガに『ハイティーン・ブギ』(後藤ゆきお 作・牧野和子 画)というのがあって、その主人公に宮下桃子というポニーテールの女の子が出てくるのであるが、私はその桃子さんに対する憧れから、ポニーテールにしてみたかったのである。
しかしポニーテールというのは、似合う人とそうでない人がかなり顕著に表れる髪型だと思う。桃子さんは少し長めのシュッとした顔だった(と思う)から、ポニーテールも似合ったが、ホームベース型のどちらかというと丸顔に近い私にはあまり似合っていなかっただろうと、今でも思う。
世の男子連中は長い髪が好きな人が多いのか、多くの友人達が「彼氏が伸ばしてっていうから」という理由でロングにしていた。似合っている子も、そうでない子も、彼氏は皆満足していたのだろう。
男子連中は似合うかどうかより、長い髪だけを見ていたということだろうか。

実はポニーテールと言うのは背中が痒くなる。束ねた毛の先が、当時の私だと丁度背中の真ん中あたりにきていたのだが、それが背中に刺さるのだ。
刷毛で背中をツンツンされるような感じというか、兎に角痛痒い。夏など、汗もかくから余計に痒い。おまけに一番手の届かないところである。伸ばしてみて初めて分かったことである。
また、肩もこる。
髪の毛は結構重量があるから、長いとそれだけ重さのある物を肩にのせていることになる。
また、それをぎゅっと上の方に上げて一つに縛ると、首の方の短い毛はかなり上の方に引っ張られる。上まで到達できない毛は『おくれ毛』という可愛いアクセントになってくれるが、どうにか届くくらいの毛はこれ以上無理というくらい、引っ張り上げられる。それにつれて、髪の根元の筋肉?も引っ張り上げられる。肩や首の筋肉にとって、きつい状態と言えるだろう。
一日続ければ若くたって、疲れは出る。

母が夫に渡したお見合い写真は、私がかなり長い髪の頃の物だったようだ。後に聞くと夫は、私と初めて会った時
「あ、切ってるやん!」
とちょっと失望したらしい。夫もやはりロングヘアが好きだったとみえる。
結婚してから、
「伸ばした方が良かった?」
と訊くと、
「いや。今のも似合ってるから、それでええんとちゃう」
と面倒くさそうに言った。本当に似合ってると思っているのか、甚だ疑わしかったが、伸ばしてと言われたところで今更伸ばす気もなかったから、まあ良いだろうと思って現在に至る。

この年齢になると、最早伸ばす気はない。
子育て中に「これはやってられん」とかなり短くしたのだが、子供の手が離れてもその延長で短いままになっている。
同年代でもロングヘアの人はあまり多くないように思う。引っ張られると頭頂部が不安、という人もいるだろう。
ポニーテールの人には勿論、お目にかかったことはない。世の中には居るのかも知れないけれど。

桃子さんに憧れた若き日々を思い出しつつ、ボツボツカットに行きたいなあ、と思う夏の終わりの朝である。