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第78話「世の中はコインが決めている」

 ツンデレの麻呂さん、今はどっちなんだろうか。その辺のところはわからないけど、今夜は良く話してくれた。

「変な噂は聞いてたの。はじめくんは知ってる?」

「変な噂?知らないけど」

「廃墟サークルという隠れた目的のことよ。今日みたいな廃墟に女の子を誘って、良からぬことを考えているの。無理矢理じゃないらしいけど。それでも雰囲気に負けて関係持っちゃうらしいよ」と麻呂さんが眉を寄せながら言う。

 そんな噂は聞いたことなかったけど、ホントだったら最低だ。ますます今夜を最後にしてサークルを抜けようと思った。

「縁日さん、大丈夫かな?」と麻呂さんに向かって訊いた。

「かがりは大丈夫よ。あの子、別に軽くないしいざとなったら、何とかするでしょう」と麻呂さんは気にしていないみたいだ。

 真っ暗な廊下を進みながら、何部屋かを覗いたりして歩き続けた。静寂な空間だったけど、だんだんと慣れてきたのか、あまり恐怖心はなかった。

 そのとき、突然背後から何かの物音が聞こえた。気のせいかもしれないが、麻呂さんが立ち止まって背後の闇を見つめた。

 彼女も聞こえたんだ。懐中電灯の光を照らしてみたが、薄汚れた壁が照らされるだけで特に何も見えない。

「今、聞こえたよね?」と僕が小声で言うと麻呂さんがそばに寄ってきた。

「不気味だわ。ちょっと怖いかも」麻呂さんはそう言って僕の二の腕を触った。やっぱり女の子なんだろう。少しだけ怖がっていた。

「行こう。あっちの部屋の方から明かりが見える」そう言って、僕は男らしく先に歩いた。

カツン、カツン、カツンと二人の足音だけが廊下に反響する。

 一つの部屋の前に来たとき、ドアの無い部屋の入り口から光が溢れていた。僕は上半身を横に逸らして、覗くようにして部屋の中を見た。

「何の部屋なの?」と麻呂さんが恐る恐る訊いてきた。

「ベッドが見える。なんだろう?患者の部屋だったのかな。ああ、窓から月明かりが差し込んでるんだ」

 二人で部屋に入ると、二つのベッドが距離を開けて向かい合わせに配置されていた。床に丸まったテッシュが何個か落ちている。ズタボロのカーテンが、窓硝子の割れた枠からユラユラと風で揺れていた。

 月明かりが窓のそばに置かれたベッドへ差し込んでいる。懐中電灯を消しても十分、部屋を明るく照らしていた。

「ねぇ、見て。こっちのベッドだけシーツが新しいわ」と麻呂さんはそう言って、窓側のベッドへ腰掛けた。

 確かに窓側のベッドはシーツが真っ白で綺麗なままだった。反対に向かい側のベッドはボロボロのシーツで茶色く変色している。綺麗なシーツは、まるで人が取り替えたみたいだった。

「ねぇ、はじめくんって彼女とか居るの?唐突な質問だけど」と麻呂さんが訊いてきた。

「いや、居ないよ。人付き合いが悪いし、僕なんかを好きになってくれる子はいないよ。自分で言うのも嫌だけど、性格は良く無い」と僕は半笑いで言うのだった。

「ふーん、顔はハンサムなのにね。好みのタイプは?」

「好みのタイプか。そうだな、強いと言えばポニーテールが似合う子だね」と言った瞬間、麻呂さんがポニーテールだということに気がついた。

「なによ。私がポニーテールなのを知ってて言ってるの?モテないとか言ってる割に、口が上手いんじゃない」

「はは、偶然だよ。麻呂さんはポニーテール似合ってるよね」と僕は素直に思ったことを口にした。

「ええ、なによ。誰にもそんなこと言ってんでしょう」と麻呂さんが照れた顔して言う。月明かりに照らされた麻呂さんの顔は美しかった。

 ポニーテールはホントに似合っていたし、彼女はそこら辺の女性より可愛かった。今思ったんじゃなくて前から思ってたことだ。

 でも、ツンデレなところは男ウケが悪いかもしれない。

「ねぇ、このベッドだけシーツが新しい理由知りたい?」と麻呂さんが指先でシーツを触りながら言う。

 静寂が包む中、僕と麻呂さんは見つめ合うのだった。時折、涼しい風がカーテンと麻呂さんの前髪をユラリと揺らしていた。

第79話につづく

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