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第34話「世の中はコインが決めている」

 民間の人間が朝早くから何かを訴える。

 訴える内容は大したことじゃないと思っていた。だけど、世間の人間はその人物の訴えを真剣に聞いていた。

 何が面白いんだか……

 結局、縁日かざりが部屋を出て行ってから睡眠は取ることができなかった。そのまま仕事の時間が迫り、眠ることなく仕事へ向かうのだった。急に早番から遅番になり、生活リズムの狂いが生じた。

 寝不足のまま仕事をすることにしたが、かと言って仕事を休ませてくれない。休むことは危険だとわかった以上、安全の保証はないからだ。

 夕方の時刻、駅周辺は帰宅する人やこれから飲みに行く人で、賑わいを見せていた。もちろん僕はこれから仕事が待っている。商店街を通ったとき、少しでも癒されたかったので、休憩時間に食べるつもりでパン屋へ寄った。

「あら、いらっしゃい」と破魔弓子さんが店の奥から顔を出す。

「どうも……」と僕は会釈するが、弓子さんの方は変わりなく、いつも通り客として接客する。昨夜のことを顔に出さない弓子さん。僕の方は少しだけ顔に出してしまう。

「はじめくん、もしかして仕事?」と僕が早番から遅番になったことを知ってるにも関わらず、弓子さんは訊いてきた。

「え、ああ、そうです……」と会話を続けようとしたとき、背後から僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。

「やぁ、鳥居くん。遅番になったんだって、店長から聞いたよ」

「そ、そうなんだ。正論くんも遅番だったよね」と答えつつ、突然現れた正論くんに少々動揺した。

「弓子さん、昨日はありがとう。色々と助かりました」と正論くんが会釈して言う。

 色々助かったと言うのは、弓子さんに聞いた質問のことだろう。何となく、僕は知らないことにしようと思った。でも、正論くんは僕が知っていると思っているだろう。彼に隠し事はできないのだ。

 もしかしてだけど、正論くんは僕と弓子さんが関係を持つことを狙っていた。そんな風にも思えるのだった。とりあえず、その思いは僕の心の中にしまって、今日のところは何も知らないフリでいた。じゃないと、弓子さんが気を遣ったのも無駄になる。恐らく彼女は、正論くんが店に入って来るのを見て、咄嗟に仕事なんだーーと知らないフリを装ったのだろう。

 結局、知らないフリは続いて、僕たちはパンを買って店を後にするのだった。

 正論くんと仕事場に向かう間、僕はいつ質問が来るのかハラハラした。あえて話してこないのか、それとも僕の出方を伺っているのか。

 とにかく何も話すことなく、仕事場の工場へ到着するのだった。

第35話につづく

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