第76話「潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く」

帰りたくない場所へ帰った時、私は私を知ることになった。それは悪夢のような記憶と、私は私を失うことでもあった。戻るべき場所を間違えたと気づいて、あの日の記憶も蘇り大人の成人式で出会ったあの子も思い出した。この真実を海ちゃんに話しても、きっと結果は同じだったかもしれない。ただ違う形で、私は私を知ることになった。ただそれだけのこと。


都心から少し離れた場所に私の育った街がある。何年ぶりに帰って来たのか定かではない。私は無意識に避けていたのだろうか。それとも忘れようと必死に修正液で塗り重ねていたかもしれなかった。それでも乾いた修正液は、些細なことで剥がれ落ちてしまう。

厚化粧のホステスだって、仕事が終わったら役目を剥がすように……


彼女の存在を知ることはない。何故なら彼女と彼女は別人で海ちゃんだけに見える意識。言葉ではうまく説明できない。私だって理解していないんだから。まずは順を追って語らなければいけない。私は私を知ることになった。それは悪夢のような記憶だった。遡ること一年前の話。


大人の成人式を一年後に迎えたある日、私は二つ下の兄に呼ばれた。あの頃、兄は私以外の人と話さなくなっていた。昔の兄が薄れた頃でもあった。明確な原因はわからないけど一つだけ考えられるのは、二年前の成人式に参加してからだった。そう大人の成人式と呼ばれる成人式である。


昔から知っている道を歩きながら、私はかつて住んでいた家に向かう。見慣れた家に違和感を感じたのは、自分が使っていた部屋の中に一歩踏み込んだ瞬間だった。住んでいた頃の記憶という光景があやふやだったのだ。

学生時代に散々使っていた勉強机さえ変だった。昔の自分がどこか知らない小さな箱にしまわれた感覚である。遠い記憶を辿るように私は机に座って私を思い返す。


それでも記憶はあやふやで、十代の頃が思い出せない。あの頃の私はどこに行ったの!?


考えれば考えるほど、時間は無言電話となって答えてくれない。戻るべき場所を間違えたのか?そんな感覚さえ感じた。静かすぎる家に恐怖して、背後から震えに似た輪郭のない手が私を襲った。ピンポン玉の最後の揺れみたいに肩が小刻みに震えた時、私の肩へ誰かが手を乗せた!!


振り返ると、私の後ろで懐かしい顔をした兄が立っていた。そして私に一言……


「おかえり」


記憶はパンに染み込むスープとなって蘇る。私は私を知ることになった時、悪夢のような記憶だったと思い知るのだった。


第77話につづく

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