マイナスの財産

災害や事故、病気や障碍、借金やコンプレックスなど、様々な「マイナス」を抱える人に、あたたかく届きますように。。。

25年ほど前、カウンセリングを受けていたある日、こんな気持ちが溢れ出た。​

「普通の人は、ゼロからのスタート。
そこに、お父さんがいてプラス10とか、お母さんがいてプラス10とか、両方いればプラス30とか。そうやって、普通の人が普通に頑張って成長して、今、プラス150ぐらいの位置にいる。
私は、父がいるどころか虐待されてマイナス10、母がいるどころかネグレクトでマイナス10、両方の相互作用でマイナス30とか、あれやこれやで、マイナス100からのスタートだった。
普通の人は、100~150頑張っただけで、プラス150の位置につけていられる。
私はもっともっと頑張っている。200ぐらい頑張ってきている。けれどマイナス100からのスタートなので、200頑張ったのに、プラス100の位置でしかない。
このマイナスをなくしたい!私もゼロからスタートしたい!そうでないと勝負にならない!!!」

​カウンセラーは、少し考えるように間をおいて、それから、手元のホワイトボードに縦と横の十字に交わる線を描いた。
そして、ゼロから150まで成長する線を1本描いて「これが普通の人で…」
もう1本、マイナス100からプラス100までの線を描いて「これがあなた、そういうことだね?」
「はい」こくんと頷いた。

カウンセラーは、私の線の、マイナスより下の部分を、別の青のペンで塗って言った。​
「これは、この青い部分は、あなたの財産だ!
あなたしか経験していない、あなたにしか分からない、あなただけの財産だ!!!」

そんなふうに考えたことはなかった。
このマイナスの青い部分さえなくなれば普通の人並みになれると、マイナスを隠すこと・なくすことしか頭になかった。
青い部分をまじまじ見つめた。
それまでずっと、見ないようにしていた部分だった。

自分の荒れ地のようなマイナス部分に、それからは、真正面から向き合った。
少しずつ、草抜きを始めた。
少しずつ、鍬を入れて耕してはカチンと当たる石ころや岩を、取り除き始めた。
少しずつ、少しずつ、ずっと、ずっと。

あの日から25年も経った気がしない。
まだ、ついこないだのやりとりのように思い出される。

辛い苦しい悲しい思いは、しないで済んだ方が良かった。それは否定しない。
往々にして、辛く苦しく悲しい経験をすれば、人はねじ曲がるし病気になるし、状況次第では自殺もする。不幸でしかない人生に傾きがち。
けれど、その滅多にない経験を糧にして、最大限に活用する人生に変えることもできる。
口で言うほど容易くないのだけれど。
どんなふうに活用できるのかのマニュアルもないのだけれど。

今、私のプラス部分は、きっと普通の人よりずっと低いだろう。
人並みにはなれなかった。届かなかった。残念だけれど、仕方ない。
もう、それはそれでかまわない。

もしも私が1本の樹なら、他の樹より背が高いか低いかなんて、どうでもいい。
美味しい実がなる方がいい。濃厚で味わい深い方がいい。
私のマイナス部分は、誰にもマネできない豊かな土壌になっただろうか。
私の根は、深くのびやかに張れているだろうか。
私の言の葉は、ちゃんと光合成できているだろうか。きらきら明るく輝いているだろうか。
そんなことを、これからもいつも気にかけていよう。

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