文化における中立進化(端書き)



人は、技能や習慣といった諸般の情報を認知し継承できる。

完全な模倣ではないにしろその手つきを常に続けようとする力は、文化を展延させようとするはたらきをもつ。情報の模倣をミームとするとき、個人内で起こる情報淘汰の最中ではいろんなことが起こる。数多のミームたちは記憶や習慣の定着のために互いを食いあって生き残ろうとする。単に一方が他方を淘汰することもあれば、情報同士が共鳴や研鑽を生じさせ、複雑に相互作用したネットワークをも形成する。そのように複雑化した選択圧のなかで、ミームは突然変異を引き起こす。道具は手の延長となり、都会の樹木に辺境の木立を見出すことができる。

世界全体において各個人のはたらきは、肉体における遺伝子の中立進化に似ている。芸術をはじめとした文化的活動において、自己の内側では、著しく表面化される突然変異の裏側に小さな変異=内なる突然変異がいくつも納まっている。それらは表面化されないだけでいつも変容し続けており、文化の展延という進化に備えている(と思いたい)。

ただ、社会制度に覆われて見えにくくなっているだけで、やはり自然はいつも人を淘汰しようとしている。

個人は常にミームを煮詰めつつ蓄積させているが、大小様々な人生の岐路によってミームの蓄積に選択圧がかかる。卑近な例をあげると、高校卒業や失業、転勤や知人の死など、さまざまな環境の変化によって個と社会の繋がる範囲の縮小を迫られたとき、人は今後の方針を決断しなくてはならない。情報は個人内で洗練され、方針を決定し、決断を孤独に行う(その顕現は個人におけるミームの遺伝的浮動に相当すると言える)。
この決断を行ったり、決断そのものを予期することで、人生の射程と寿命がぶつかる規模を想定できる。世界に振り回されず、こちらから世界を選択できる。

ミーム学の知見を借りて文化をまなざせば、この先の人生をちょっとは見渡せるのかもしれない。迷ったら小高い丘に上がってみよう。



:語彙


・ミーム
模倣を通して、脳から脳へと伝達・複製される文化の情報の基本単位。
スーザン・ブラックモアは2002年、ミームを再定義し、人から人へコピーされて渡っていくものをミームであるとした(例えば、習慣、技能、歌、物語、その他の情報)。また、彼女はミームが遺伝子のような自己複製子であるとした。すなわち、ミームは様々な形態でコピーされる情報である。そのうちの一部が生き残り、ミーム(さらには人類の文化)が進化していく。ミームは模倣、教育、その他の方法でコピーされ、記憶の中で競争し、再度コピーされるチャンスをうかがう。同時にコピーされ伝播していく一群のミームを「ミーム複合体」と呼ぶ。
彼女の定義では、ミームの複製過程は模倣である。あらゆるモデルを模倣したり選択的にモデルを模倣するには脳の容量を必要とする。社会的学習の過程は人によって異なるため、模倣過程が完全に模倣されるとは言えない。考え方の類似性は、それをサポートする別のミームで表現されるかもしれない。従って、ミーム的進化における突然変異の発生率は高く、個人内でも突然変異は発生し、突然変異過程との相互作用でも新たな突然変異が発生する。この社会が個々の相互作用の複雑なネットワークから構成され、マクロなレベルでは、一種の秩序が文化を形成すると見たとき、このブラックモアの仮説は非常に興味深い。

・遺伝的浮動(genetic drift)
集団の大きさが小さい場合、あるいは季節、飢餓などの要因によって集団が小さくなったとき、偶然性によってある遺伝子が集団に広まる現象をいう。その現象が極端になると、ある個人の遺伝子が広まることになり、これを創始者効果という。

・中立進化説
分子レベルでの遺伝子の変化は大部分が自然淘汰に対して有利でも不利でもなく、突然変異と遺伝的浮動が進化の主因であるとする説。

・偽遺伝子
簡単に言えば進化のスペア(?)。
正常な遺伝子から導かれたもので、何らかの理由で遺伝子としての機能を失ったもの。遺伝子としての表現効果がなく、そこでどんな突然変異が起こっても害作用がなく、したがって自然淘汰にかからず(中立となり)、中立進化説でいう最高速度で進化的変化を行なう。

・自然選択
生物の生存競争において、少しでも有利な形質をもつものが生存して子孫を残し、適しないものは滅びること。自然淘汰。



:参考


【ゆっくり解説】進化は運次第?:中立進化をわかりやすく解説【 進化論 / 遺伝子 / 科学 】

ミーム学


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