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[IMWUT2023採択] スマートウォッチによる子供のADHD (多動性) 検出

ヒューマンコンピューターインタラクション(HCI) のトップ国際論文誌のひとつである ACM IMWUT に、荒川(カーネギーメロン大学)が取り組んだ論文 “LemurDx: Using Unconstrained Passive Sensing for an Objective Measurement of Hyperactivity in Children with no Parent Input” が Full paper で採択されました。これは、スマートウォッチを用いてADHDの発現の一つであるHyperactivity (多動性) の検知フレームワーク LemurDx を提案するものです。本記事では、その内容について簡単に紹介したいと思います。

本研究は Center for Machine Learning and Health Translational Fellowship のサポートのもとで行われた研究です。

1. 背景

Attention-Deficit Hyperactivity Disorder (ADHD) は子供や大人にしばしば見られ、日常生活に困難を起こします。ADHD にもいくつかの発現が存在しており、不注意 (Inattentiveness)・多動性 (Hyperactivity)・衝動性 (Impulsivity) などが挙げられます。特に子供においては Hyperactivity が多数を占めることが報告されています [1]。そして問題は、Hyperactivity については客観的な指標が確立していないということが挙げられます。現在は親や教師など子供の周囲の大人がアンケートに答え、そこから数値を計算するなどが主流ですが、これらは手間であったり、バイアスがかかってしまったりという点で便利な指標とは言えません。

そこで本研究では、ウェアラブルデバイスであるスマートウォッチを用いて、Hyperactivity を定量化できないか、というプロジェクトに取り組みました。

2. 関連研究

腕時計型のデバイスを用いて Hyperactivity を検出しようとする研究はいくつか存在します。例えば Lin ら [2] は着席した授業中の子供たちに装着したモーションデータを比較して、Hyperactivity を持つ子供とそうでない子供の間に大きな差があることを確かめました。

こういった先行研究では、特定のコンテキストや同じ環境でデータを比較するものが多かったです。そこで本研究では、コンテキストの制約をなくして、自由に一日を過ごしてもらったデータから有益な情報を抽出することを目指しました

3. 提案手法

本研究はまず、データ収集から始まりました。University of Pittsburgh の医療センターと連携して N=61 名の子供にスマートウォッチを数日つけてもらって、そのデータを収集しました。およそ半分の25名は医師による対面の観察を経て、Hyperactive であると診断されています (残りはコントロール群)。

またこのデータ収集では、30分ごとの単位で子供が何をしていたのかという行動ラベルを、コンテキスト情報として一日の終わりに親に思い出しながら記入してもらいました。これは、関連研究からコンテキストがモーションデータを比較する際に大事であるとわかっていたためです。本研究では、この親が付与したコンテキストラベルを用いる場合と用いない場合でモデルの挙動を比較します。ただし、あまりにも細かいコンテキストを要求すると親が大変です。そのため可能な限り粗く、しかしモデルにとって有益であろうラベルを用意しました。具体的には Sleeping, Everyday/Household, Exercise, At School, Sitting/Quiet, Not Wearing, Other になります。

実際に計測された加速度を、Hyperactive と診断された / されていない子供たちで、コンテキストごとに比較してみました。これをみてみると、寝ている時や運動している時はあまり差があるようには見えませんが、「座っている・静かにしている」という行動ラベルに対応する時間において、大きな差があることが観察されました。

計測された加速度のサンプルを比較。「座っている・静かにしている」コンテキストにおいて、Hyperactivity を持っている子供とそうでない子供で大きな差が存在。

そこで本研究では一日を通して計測されたデータに対してまず時間方向でコンテキストによるデータの選択 (Context filtering) をしてから、特徴量を生成して、機械学習モデルを学習させるという手法を提案しました。さらに、コンテキストとして、親が付与したラベルを使うパターンと、スマートウォッチのデータからコンテキストそのものを推定してから Context filtering を行う二段階のパターンの二つを試しました。

提案する Context filtering を用いたパイプライン。Contextとして、子供の親が記入した行動ラベルを使うものと、そもそもそのラベルすらも推定するものの二つのアプローチを試した。

4. 実験と結果

(1) Context filtering を用いない場合、(2) 親が付与した行動ラベルを用いて Context filtering を適用した場合、(3) 推定された行動ラベルを用いて Context filtering を適用した場合の3パターンの比較をしました。結果として、(2) > (3) >> (1) といった順番で精度が高いことがわかりました。追加解析などはぜひ論文を参照してほしいですが、メインメッセージとしては、推定された行動ラベルを使うことで、親が行動ラベルを付与する手間なしに Hyperactivity の指標を計算できる可能性が示唆されたことです。

本研究で比較した3条件の結果

学習した機械学習のモデルは Hyperactivity の Risk Score を出すことが可能です。この Risk Score を指標として、どうしたら医師の診断の意思決定をサポートできるのかということを考えました。本研究では実際にインタビューを通して、Human-AI Interaction で大事とされる Transparency を意識した初期のプロトタイプを実装しました。詳細はぜひ論文を読んでみてください。

Risk Score を元にした診断サポートツールの初期プロトタイプ

5. まとめ

まとめると本論文では、以下のような貢献をしました。

・1日のスマートウォッチのデータから Hyperactivity の客観的な指標を算出する機械学習モデルを提案し、病院と連携して実際の患者のデータ (N=61)を用いて有効性を確認
・コンテキスト (どういう活動をしているか) を与えた場合モデルの精度が向上することを示し、さらにコンテキスト自体を自動で推定することに成功
・臨床医とのインタビューを通じて、Human-AI Interaction の観点から、診断に使えるツールをデザイン

今後の展望としては、診断ツールとしてどういった情報を提示すると、臨床医の意思決定をサポートできるかという Human-AI Interaction の観点で深掘りをしたいなと思っています。機械学習モデルの出力する結果は常に完璧とは言えませんので、その影響をしっかりと考え、AI が診断を代替するのではなく、その手助けとなる情報をいかに提示するか、他に診断をサポートできる情報をスマートウォッチのデータから抽出できないか、という点を考えています。こうした研究には PhD 期間中を通して長期的に取り組みたいと考えているので、ぜひ今後も楽しみにしていてください!

6. FAQ

Q1. LemurDx はどのような課題を解決するのですか?

A1. 現在主流な手法としては親や教師が記入する主観的な質問票に頼っているのに対して、LemurDx は多動性を客観的に測定することができます。

Q2. LemurDx は Fitbit や actiwatch とはどう異なるのですか?

A2. 重要な違いのひとつは、コンテキストの有無です。LemurDx は単に身体活動を測定するだけではなく身体活動が行われている環境/コンテクストも分類します。

Q3. 子供が1日中スマートウォッチを付けるというのは問題はないんですか?

A3. 臨床医とのインタビューでもここは懸念点として挙がりました。特にスマートウォッチの装着は邪魔になったり気が散ったりする可能性が高いです。実は先行研究では寝ている間のデータには Hyperactivity の兆候が強く現れることが確かめられていましたが、本研究では、特に寝ている間の装着は困難であると考えて、日中の装着に限定しました。将来の研究として、うまく装着していた時間のコンテキストを推定してモデルに入力することで、指標の確らしさを保ったまま、装着時間を減らせる可能性があります。

Q4. Hyperactive とそうでない子供で計測されるデータが異なるという性質を利用するのに、コンテキストの推定はそのデータを使って両群に対して等しく行うのは良いのですか?

A4. 現在のコンテキストの推定モデルも同じくモーションデータを利用していますが、ここの精度をさらに上げることは次のステップです。例えばスマートウォッチで計測可能な他のデータ (心拍数・GPSなど) を組み合わせることでより良いコンテキスト推定が実現できると考えています。ただ、気をつけないといけないのは、現在の親が付与した行動ラベルそれ自体も正確ではないという点です。一日の終わりに30分単位で行動を思い返すというその行為を想起してもらえればそう感じると思います。本研究の結果の面白い点は、こういった「必ずしも100%正確でない」コンテキスト情報に基づくフィルタリングが精度の向上に寄与したという点です。機械学習の観点からもさらに深ぼっていきたいと考えています。

参考文献

[1] E. G. Willcutt. 2012. The Prevalence of DSM-IV Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder: A Meta-Analytic Review. Neurotherapeutics 9, 3, 490–499.
[2] L. C. Lin, et al. 2020. Quantitative Analysis of Movements in Children with Attention-Deficit Hyperactivity Disorder Using a Smart Watch at School. Appl. Sci., 10, 12, 4116.


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