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SAPは何故使いにくいのに、世界中で愛されているのか

定期的に見かけるSAPを入れても碌なことがないみたいなやつ。現場の人や中間管理職の感想としては全く正しいが、本当にERPがゴミならば(主にグローバル大企業で)これだけ普及しているわけもないわけで、なにかしら使う側に問題があるのかもしれません。

私が新卒入社した会社でも当時のメインフレームをSAPに置き換えるみたいな話があって、コスト削減で大変な工場でそんなものは入れられないみたいな議論があったのは覚えています。その時のラインマネージャーの一人が、「ERPは給料が安い人を大量に使って給料が高い人の仕事を減らすコンセプトだ」、みたいな解釈をされていたのは今でも覚えています。これは当時の米国企業のプロ経営者の報酬が一般社員の何十倍何百倍にもなっていることが問題視され始めた時期と被るのですが、確かにそんな(高給な)人たちの意思決定のために作業者の生産性を犠牲にするというのは合理的かもしれないと納得しました。もっともこれが日本企業みたいに比較的報酬に差をつけない組織で当てはまるかは今でも微妙かもしれません。
しかしながら「ERPは給料が安い人を大量に使って給料が高い人の仕事を減らすコンセプト」という視点で見るとよく言われる使いにくいシステムを何のために入れるのか?という疑問に対して一定の説明になると思います。

具体的にどういうことなのかというと下記のようになるかと思います。

  1. 一般論ですがERPシステムでは同じ基準で単一システムからデータを引っ張ることができるので、データの整合性を担保されたり透明性が上がったりするというのはあると思います。これは主に分析をおこなったり企画するデータを活用する側の視点になります。いちいち分散しているデータベースからRawデータを取り出して人間がEXCELを使って統合したり、クリエイティブ()な分析をしていたら時間もかかるしそもそもアウトプットが本当に正しいのかわからないってなるわけで。

  2. 監査の視点ではERPシステムで実装されているワークフローや承認プロセスが内部統制の観点からある程度は信頼されているというのもあるかと思います。要は仕組みで不正ができない、標準的なERPが提供するプロセスに一定の信用があるという点ですね。 聞いたことがない日本のローカル会計システムで動く稟議と紙とハンコのプロセスなんかやってられんみたいな。

この2点だけでも現場主導での使いやすいプロセスを使って主に多国籍企業でどのように経営上の要求を満たすのか?と考えると代替案はあまりないかと思います。結果としてそれを実現させるために現場に煩雑なマスターのメンテナンス、大量のデータフィールドへのインプット、あれこれ証憑を付けたりさせているわけですが。
これらの経営上のメリットと現場の負担のトレードオフをどうバランスさせるのか?という点において、仕事内容や責任範囲、給料の高い安いという解釈が一定の説明になるかと思います。
 

また、別のイギリス本社の会社で働いていた時ですが、その会社は会計情報の他にも様々な非財務指標をKPIとしていて、ちょっとでもパフォーマンスでの変調や疑問があると四六時中すぐに本社のオーナーから日本の社長に電話がかかってくるような会社でした。これは世界共通のKPIをリアルタイムに見ながら管理しているからこそできる芸当ですが、欧米企業のガバナンスの根本の思想は植民地の統治のようなものだと思います。並の能力の人間たちを使っていかにシステマチックに管理して一定の品質の仕事をやらせる、異なる文化や考えの国を統一した基準で評価して課題の発見と改善を行う。そういう視点を持てればSAPやSFDCやらは良いツールなのが理解できると思います。

想像してみるといいのですが、ERPがない会社で海外拠点から前月の実績をWD10くらいに説明されて、そこからローカルスタッフとアクションプランを議論してその施策は間に合うのでしょうか? もし競合はERPを入れていてもっと早く必要な施策を打っているとしたら? 各々の拠点が好き勝手な指標で経営管理をしていたら都合のいい情報しか上がってこないのでは? 標準化で同じような業務を低コストな地域(日本かもしれない)に集約してコストメリットを出せるのでは? リアルタイムに共通かつ標準化した指標で経営管理することでノウハウの共有や何か変調があった場合に迅速に対応できるというのはあるのではないでしょうか。実際には同一の指標を見ても国ごとに傾向の違いがあるのですが、それらを商慣習の違いや消費行動の違いとして理解して知見を本国で蓄積することができるのだと思います。

これらを実現することが特にグローバル企業でERPを入れるメリットであり、現場での部分最適や現場の作業員のお気持ちなんかは遥かに優先順位は低いです。逆に言えばローカルな中小企業では高コストでメンテナンスも大変なERPは無用の長物かと思います。
これでもERPを入れる大義が理解できないようなポンコツは好き勝手に現場レベルで僕たちが考える最強のデータベースやEXCELでせこせこ管理ツールやら勝手に作っていたほうがきっと幸せでしょう。そんなあなたには作業者が相応しい。

余談ですが、ツイッターでもERPを入れたことによる日本の現場の人の不満のようなものを目にするのですが、そもそも日本の現場が素晴らしい云々も都市伝説みたいなもので今では怪しいと思っています。確かに敗戦国が世界2位の経済大国になった際にはそういう話も合ったのかもしれませんが、SAPの導入を指揮した当時の上司と話した際に、昔は日本に学べと言われていたので日本で働くことを楽しみにしていたが、来てみたら標準化に抵抗して些末な論点に一生懸命取り組んで、大局を俯瞰するような視点もなく、忙しいフリをしているだけで今更日本から学ぶものはないみたいな感じでした。

そこまで言われてしまうのは残念ですが、このような意見は複数回聞く機会があったので外から見るとそんなものなのかもしれません。実際、失われた30年じゃないけど負けてるし。企業の競争力という視点で考えると標準化は競争力を捨てることになるのですが、そもそも基幹システムで置き換えらるような業務プロセスが企業の競争力の源泉とは思えません。競争力の源泉を考えるとメーカーだったらデザインや売り方だと思うし、SAPの導入で標準化される請求書や在庫管理や経理処理や諸々の内部統制なんかは、そもそも競争力の観点から見たらどうでもいいのでは?そんな(業務)プロセスは標準プロセスでやれっていう。うがった見方をするならば標準化に反対するのは余剰人員になる連中が自分たちの仕事を守りたくて抵抗しているだけかと思います。
  
というわけでSAPは何故使いにくいのに、世界中で愛されているのか?については
1. 主にホワイトカラー経営層の生産性を上げるため
2. グローバルで(リアルタイムに透明性の高い)同じプロセスとKPIで経営管理するため
3. 不正をやりにくいなど一定のプロセスの品質が担保されており、内部統制、ガバナンスを効かせるため
あたりかと思います。

 
ではそういった主に経営側にしかメリットが無いものをグローバル企業はどうやって導入したのか?ですが、私の知る限りではトップダウンしかないです。

そのトップダウンも生半可なものではなく、以前、Business transformationと呼ばれる会社全体を作り替えるようなプロジェクトに参加したことがありますが、米国本社側から参加していた同僚は口を揃えて「自分たちはこのプロジェクトが失敗したらクビになる、銃口を頭に突き付けられながら仕事をしている(だから協力してくれ)」と冗談交じりに言っていましたが、相当なプレッシャーだったのだと思います。私の目からみてもBusiness transformation(BT)の進めかたに疑問があり当時の上司と話しましたが元軍人のPMやらが入っているのでやり方についての議論は何を言っても無駄みたいな感じでした。しかしながら、上司曰くどうせプロジェクトは問題が発生するので延期されるとも。まあそういうものかなと思います。実際のところどれくらいの問題が起きていたのかわかりかねますが、アジアだけ見ても様々なポジションが消滅して特にエグゼクティブレベルでは辞める人が多かったのは覚えています。
 このプロジェクトのキックオフを日本でやる際に、前述の上司が仕切ったのですが何を言いだすかと思えば「BTに反対でプロジェクトに協力しないやつはここから去れ」ですから。今まで何度も似たようなプロジェクトが立ち上がってコンサルのアンケートのようなものに回答してるうちに立ち消えになり今回も同じだろうと思っていた舐めた雰囲気だった空気が一気に変わりました。危機感やビジョンの共有という意味では俗にいうチェンジマネジメントな面もあったと思います。

ここで安易に日和って現場の効率をよくするためにERPを導入するみたいな嘘を言って、プロジェクトを始めるのは最悪だと思います。それは現場の味方をしているフリをしながら現場を馬鹿にしていると思います。大原則としてERPの導入は経営の質を高めることであり、それは今よりも会社をよくすることにつながる。そういった信念がないとそもそも非常に苦しいプロジェクトをやりきるのは難しいかと思います。

私にとっては当時の上司(アイルランド人)は非常に尊敬できる人物でしたが、最後に彼のセリフを引用して終わりにしたいと思います。

大きな流れには逆らうことはできない。変革は(どうせ)しなければならないのだから、誰かにやらされるよりは自分が変革する側になるほうが良い。

SAP更新は参加したBusiness transformationのプロジェクトの根幹でしたが、当時のファイナンス部門で実際に何が起きたのかはこちらにあります。


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