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守備指標UZRにおける失策の扱いについて

1.セイバーメトリクスにおける失策の考え方

以前に書いた記事の中で守備指標UZRの簡単な説明を行ったが、その際、失策の取り扱いは複雑なので説明を省いていた。本稿では改めて失策の扱い方について考察してみたい。

一般に失策とは、野手のミスプレイによりアウトになるはずの打者・走者を生かしたり余分な進塁を許したと記録員が判断した場合、当該の野手に記録される。つまり記録員が、頭の中に思い描いた「適切な守備」と実際に目の前で起こったプレイとを比較した上で「適切に守備をしてさえいれば今の出塁や進塁は阻止できていたはずだ」と判断したプレイについて記録されるもので、その記録方法の主観性から、セイバーメトリクス研究家のビル・ジェイムズは失策を「参考意見の記録」と評している(マイケル・ルイス『マネー・ボール』ランダムハウス講談社、2006年、114頁)。

伝統的な守備指標である守備率はこの記録を組み込んだ評価であるが、

守備率=(刺殺+捕殺)÷(刺殺+捕殺+失策)

失策記録の主観性という問題の他に、安打になった打球については野手の責任を一切問わないという難点があり、さすがに今日ではこの数字をそのまま守備評価に使うことは憚られる。

UZRでは結果的にアウトになったかセーフになったかという客観的な基準を主観的な判断より優先すること、許安打についても野手に一定の責任を配分することで上記の問題を回避している。

2.UZRの失策処理の2つの方法

UZRは、フィールドをいくつかのゾーンに区切り、ゾーン内に飛んできた打球について各野手に責任を配分し、自分の責任範囲内でアウトを獲れた割合をリーグ平均と比較して優劣を数値化する方法である(最終的にはそれを得点化するが、本稿では省略)。

ここで問題になるのが失策をどう扱うべきかである。失策処理の方法には以下の2通りある。

注)以下、本稿では「失策」を専ら失策出塁の意味でのみ用い、出塁には関係ないが進塁を許した失策については割愛する。

(1)失策をとりあえずアウト扱いとして守備範囲評価を行い、それとは別個に失策評価も行う。

(2)失策を、「アウトにできなかった」という点では変わらない許安打と区別せずに扱う。その場合、失策評価は本質的には必要ない。

(1)はUZRを考案したミッチェル・リクトマン(Mitchel Lichtman, 通称MGL)のオリジナルの方法であり、データサイト FanGraphs も採用している。(2)はデータ分析会社DELTAが主催するサイト 1.02 で採用している。

この2つの方法を比較・説明する為に、以下では架空のデータを用いる。架空なのでキリのいい数字にしてある。

キャプチャ1

一二塁間のある架空のゾーンに飛んだ打球総数1000本の内訳である。このゾーンでの二塁手のアウト奪取数と一塁手のアウト奪取数の比は9:1であり、一塁手による失策は発生していない。そして二塁手と一塁手とを併せて全打球の70%をアウトにしている

次に、ある特定のチームAの同ゾーンでの守備成績も併記する。

キャプチャ2

チームAはリーグ全体と比べて二塁手の失策率がやや高いが、全体としてのアウト奪取率は変わらない

次に、先の(1)(2)の方法をそれぞれ用いてチームAの二塁手及び一塁手の守備成績を評価する。

注)以下での守備範囲評価の算出は、説明のためにあえてMGLやDELTAと異なる手順で行ったが、最終的に算出される数字は同じである。

2-1.MGL方式

キャプチャ3

MGL方式では、失策(=E)はとりあえず打球には追い付いたということで、奪アウトに含めて計算する。Lg2B責任率とはこのゾーンに飛んだ許安打の責任を二塁手と一塁手とで分担する際の二塁手側の比率であり、奪アウト数の比率に等しいものと定める(チームAにもリーグ平均の数字が適用されるので斜体字にしてある)。許安打数に責任率を掛けることで2Bの責任安打数が算出され、そこから2Bアウト率がはじき出される。

2Bアウト率=2Bアウト(+E)÷{2Bアウト(+E)+2B責任安打}

チームAの二塁手はリーグ平均に比べてやや優秀なアウト率となっているが、これは失策をアウト扱いにしているからである。ここから、リーグ平均レベルの二塁手と比べて同じ守備機会でどれだけアウトを多く奪えたか(2B奪アウト+-)を算出する。

2B奪アウト+-=64ー(64+23.4)×71.0%=1.92

チームAの二塁手はリーグ平均レベルの二塁手より1.92個多くアウトを奪ったことになる(正確には1.92個多く打球に追いついている)。

同様の方法で一塁手も計算すると、1B奪アウト+-は1.08個となる。二塁手と一塁手とを併せると、リーグ平均より3.00個多い奪アウトになる。

しかしここで先の基本データを思い出してもらいたい。ゾーン内の打球全体に対するチームAの奪アウト率はリーグ全体と全く同じ70%なのである。このズレは失策をアウト扱いにしたことからくるので、これを補正しなければならない。ここで失策評価の出番となる。失策評価は追いついた打球数に対する失策率から算出する※。

※UZRの失策評価は本来はゾーン別ではなく二塁手なら二塁手の全ゾーンの守備成績から一括して算出するが、ここでは説明のためにあえてこのような方法を採った。

キャプチャ4

2B失策+ー=(60+4)×1.6%ー4=-3.00

チームAの二塁手はリーグ平均レベルの二塁手に対して3個多く失策を喫することでアウトを失っている。リーグ全体の一塁手もチームAの一塁手もこのゾーンでは失策が無いので、一塁手の失策評価は必要ない。

守備範囲評価と失策評価とを合計すると

1.92(二塁手守備範囲評価)ー3.00(二塁手失策評価)+1.08(一塁手守備範囲評価)=0

二塁手と一塁手とを併せて、リーグ平均と全く同じ守備成績ということになった。

2-2.DELTA方式

DELTA方式では、結果的にアウト奪取に失敗しているという意味で許安打と変わらない失策を、許安打に含めて計算する。

キャプチャ5

2B奪アウト+-はー0.90となった。同様に1B奪アウト+-を算出すると0.90となる。両者を足すとちょうど0となり、リーグ平均の守備成績と全く同じであることが分かる。失策が既に許安打に組み込まれているため、改めて失策評価を行う必要は基本的には無い※。もしここに失策評価(2Bでー3.00個)を加えると、リーグ平均よりアウト3個分少ないという間違った評価になってしまう。

※奪アウト+-を得点化する際には、許安打と失策とでは得点価値が違うので補正する必要がある。

3.DELTA方式の不可解な点

DELTAは失策の扱いについて詳細な説明をしているわけではないので個々の記事の断片的な記述から推測するほかないのだが、最も包括的な説明を行っている箇所では次のようになっている。

キャプチャ6

失策や野選は「アウト」に含まれていないが「対象打球」ではあるので、安打と同じくセーフ扱いになっていることがわかる。

注)ただし微妙なのが末尾に例として挙げられている特定ゾーンの打球で、総数852、アウト609、安打243となっている。たまたま失策がないゾーンだったのか、あるいは「安打」に含めているのか。「内訳はすべてシングルヒット」という記述からは「安打」243本の中に失策が含まれていないようにも読める。

ところが、DELTAはここから更に失策評価を行うのである。

キャプチャ7

前述したように、失策を安打と同様に扱って奪アウト率を算出し守備範囲評価をした上で更に失策評価を加えてしまうと、全体の数字が整合しなくなる

他の記述を参照すると、「WAR改修のポイント」『セイバーメトリクス・リポート』3(水曜社、2014年)の107頁には「守備視点からアウトにできない打球である、インプレーの安打及び失策(野選出塁含む)を同列に扱い、各ゾーンに求められるアウト割合を算出しなおしている」とある。それなのに更に失策評価も行っている

また、「野手の守備力をデータから分析し評価する[1.02 FIELDING AWARDS 2019]右翼手部門」という記事には以下の記述がある。

キャプチャ8

ここでも失策出塁による許出塁は(安打と同様に)既に守備範囲評価(文中では打球処理評価)に組み込まれていて、その上で更に失策評価がなされていることが窺える。

DELTAが表向きに公表している方法と実際に採用している方法とが違う可能性もあるが、そこまでは到底筆者の知りうるところではない。

4.両方式の比較

DELTA方式(失策=安打方式)で失策評価を加えることの問題点はさておき、総合的にMGL方式(失策=アウト方式)と比較してどちらが優れているかを考察すると、よりセイバーメトリクス的に筋が通っているということでDELTA方式に軍配を上げたい。

問題はやはり「失策」という記録の主観性である。記録員があるプレーでの出塁を失策と判定しても内野安打と判定しても結果的にアウトにできなかったという意味では同じであり、それなら主観を排してアウトかセーフかだけで評価した方が合理的である。打撃評価において痛烈なライナー安打とポテンヒットとを区別しないように、投球評価において160km剛速球による奪三振とチェンジアップによる奪三振とを区別しないように、守備評価においても同じ地点に同じ速度で飛んできたゴロに全く追いつけなかった許安打と追いついたがファンブルした失策とを区別する必要はないはずだ※。

※いずれも走者の進塁状況が変わらなければ、という話である。さらに付け加えると、成績評価ではなく能力評価や成績予測が目的ならこれらは区別されてよい。

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