【YMS】コッツウォルズで過ごした夏のこと

イギリスでは約4カ月間の規制緩和の後、再びロックダウンが始まった。そのわずかな夏の間、私は縁あってコッツウォルズにある宿でお手伝いをさせてもらっていた。

初めてそこを訪れたのは、3月下旬から続いていたロックダウンが明けてすぐ、7月のことだった。とあるアニメで建物がモデルとして使われているB&Bがある、といって友人に連れて行ってもらった。

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(近くにある有名な村Castle Combe)

そのB&BのオーナーCさんは、聞いていた通りハツラツとした女性だった。クリームティーをいただきながら、いろんな話を聞いた。ロックダウンの間一人この宿で過ごしていたこと、今まで気づかなかった散歩道をたくさん見つけたこと、野生のシカが現れたこと、野ウサギが庭に巣を作ったこと。ロックダウン以来、生身の人間と話すのはこの日が初めてだったそうだ。

実は事前に友人から「十中八九、ここで働かないかって誘われるよ」と忠告を受けていた。Cさんは常にお手伝いさんを探していたらしい。私はちょうど仕事を探し始めた時期だったので、働けるならむしろ願ったり叶ったりだった。

実際にはロックダウンが終わって間もなかったので、あまり期待はしていなかった。案の定Cさんは、コロナもまだ怖いからしばらくは様子を見たい、という感じだった。若干がっかりしつつ、連絡先を交換してその日はお暇した。

ところが、あくる日さっそくCさんからメッセージが届いた。8月にいくつか宿泊の予約があるので、時間があるなら週末だけ来てくれないか、という。とくに予定もなかった私は、二つ返事でOKした。

8月最初の金曜日。電車に乗って最寄り駅まで行き、宿まではCさんの車で向かう。大通りから一本脇道へ入ると、家並みが林に変わった。「緑のトンネルみたいでしょう?」とCさん。物語が始まりそうな雰囲気だ。

宿に到着すると、さっそく今日の寝床といって案内されたのがこれ。

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イギリスの伝統的な、羊飼いが寝泊まりする小屋だそうだ。なんて素敵!!!私はこういうのが大好物なのだ。わくわくしながら荷物を置いたら、さっそく仕事開始。

B&Bとはベッドと朝食を提供する、日本でいう民宿やゲストハウスのような宿だ。CさんはB&B以外にも、コテージを3つ持っている。状況的に彼女自身の家でもあるB&Bに他人を泊めるのは抵抗があるということで、この夏は基本的にコテージの貸し出しのみ行うそうだ。

お客さんの滞在中は、感染防止のためスタッフは一切コテージには入らない。ので、食事の提供などお客さんと絡む仕事はない。私の仕事は掃除だ。お客さんが出発した後、次のお客さんが到着するまでに、コテージを丸ごと完璧にきれいにしなければならない。

エプロンと掃除用具を受け取り、すぐに作業に取り掛かる。バスルームが終ったらキッチン、その次にもう1つのバスルーム。掃除機をかけていると、Cさんが誰かと話しているのが聞こえた。「もうお客さんが来たのかな?」と不思議に思っていると突然、Cさんが「掃除機を置いてちょっとこっちにきて」と言い出した。なんだか焦っているようだ。

詳細はよくわからなかったが、訪問者は宿を紹介するウェブサイトの撮影だか何だかでやってきた、カメラマンだった。彼が来ることをすっかり忘れていたらしい。大急ぎでベッドを整え、掃除機を隠す。焦りながらも小物を用意したり、ベッドカバーを細かく直しているCさんを見て、ふと日本で働いていた頃を思い出した。広告掲載のための写真を撮影することがあったので、店主が少しでも見栄えが良くなるようあくせくしている姿はよく目にしていた。まるで遠い昔のようだな。

そんなこんなで撮影は無事終了、すぐに残りのベッドメイキングとタオルや備品の補充へ。気づけばもう2時を過ぎている。掃除が終わったら息をつく間もなくスコーン作りが始まった。宿泊客にサービスしているらしい。私も教えてもらいながら一緒に作ったのだが、粉類とバターを手で混ぜ合わせるという工程に戸惑った。日本だったら絶対ヘラを使うところだ。おっかなびっくり、言われるがままにひたすら混ぜる。腕がくたくたになった。

この日は、ここを紹介してくれた友人が別の友達を連れて遊びにきた。私の仕事は終了ということで、一緒にクリームティーをいただく。談笑しているうちに、宿泊客のほうも到着したようだ。Cさんが出迎え、ひと段落。

「ちょっと散歩でもしてきたら?」ということで、徒歩15分ほどで行けるというCastle Combeまで歩くことにした。その道のりがまた素敵で、小さな石橋から見えた、遠くにマナーハウスを望む景色がとても気に入った。

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(へぼいスマホの写真では良さが全く伝わらない…)

宿に戻って夕飯を食べ、シャワーを浴びたらすぐにベッドにもぐりこんだ。久々に動き回ったからか体中が痛くて、なかなか寝付けなかった。「この小屋が動いて、どこへでも行けたらな」なんて考えていたら、いつの間にか眠っていた。

次の日は一番大きなコテージの掃除だった。なんでも馬小屋を改装して作ったとか。ダイニングの床が石畳になっていたり、ドでかい蹄鉄がぶら下がっていたり、これまた趣のある建物だ。部屋数は多かったが、ベテランのお手伝いさんがもう一人いたので少し楽だった。ヘトヘトにはなったけど。

この日は、ロンドンからCさんの友人が泊まりにやって来た。ずっと狭い家に閉じ込められて鬱屈としていたらしく、羽を伸ばしに来たそうだ。とてもいい人たちだった。私ももう一泊して、次の日は一緒にガーデンに連れて行ってもらった。(ガーデンの話はまた今度。)

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(2日目も仕事終わりにお散歩へ)

「これで終わりなのかな」と思っていた最終日の帰り際、次の予定を渡された。8月中は予約で埋まっていて大忙しらしい。短い夏をこのイングランドの長閑な景色の中で過ごせるなら、私は大歓迎だ。

さて、2回目も同じように駅でCさんと合流。初日はリネン類を仕分けしたり、庭にあるりんごの木から落ちた果実を拾ったり、スコーン作りの下準備をしたり。なにせ、次の日は3つのコテージを全部掃除しなければいけないという。夕方、お客さんが到着するまでに。

なかなかハードだった。近くに住んでいる日本人が二人手伝いに来てくれて、なんとかギリギリ間に合った。そしてこの日もCさんの友人が泊まりに来た。日本人とイギリス人のご夫婦だ。日本人の方はかなり長いことこちらに住んでいるらしく、「正直日本語より話しやすい」と言ってきれいな英語を喋っていた。すごい。3日目にはまた別のガーデンへ連れて行ってもらい、2週目も無事終了。

3週目になると私も慣れ、掃除もベッドメイキングもそつなくできるようになった。ただ、体力は奪われる。16時頃には仕事は終わるが、初回以降、そのあとさらに散歩に行こうという気が起こらなかった。ゆっくりと持参した本を読みながら過ごす。夜は星が綺麗に見えた。

夏休みが終わると、イングランドでも学校が再開された。夏のピークが去り、9月は週末だけお客さんがいるというので、月曜日に何度か手伝いに行った。次のお客さんがやってくる時間を気にしなくていいので気楽だ。

10月に入るとだんだん地域的なロックダウンが始まった。宿泊の予約も減り、手伝い要請も途切れた。私がここにいる間に、また呼ばれる時が来るだろうか。今はまだわからない。

短い期間ではあったが、思い出深い体験をさせてもらった。憧れのイギリスの田舎で、おいしいスコーンの作り方も学んで、いろんなガーデンにも連れて行ってもらえて、良い夏になった。仕事がなくともまた遊びに行こう。

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