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【アイルランド】波乱の海を越えて

飛行機に乗り込み、さあ海を渡ろうかとなって初めて、あらゆる不安の種に気づくのはなぜなのか。万全の準備をしたつもりでいて、何もわかっていない自分に唖然とする。恐ろしいことに、そんなことを繰り返しているような気がしている。

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アイルランドのワーホリビザの申請許可が出たのが3月頭。スキー場での住み込みバイトが3月末に終わり、4月、実家に戻って本格的にビザ申請の準備をはじめた。まず必要なのが航空券だ。

あまり金銭的な余裕はないので、できるだけ安く済ませたい。値段も抑えて、かつトータルの時間も短いものを選ぶと、選択肢はあまり残らない。決め切れずに悩んでいたら、円安の影響なのかそれとも残席が減っていくからなのか、日に日に値段が上がっていく。ビザの発行にかかる時間を考慮して、2カ月以上先のチケットを取らないといけない。夏までに日本を出るつもりが、結局7月半ばの航空券を購入することになった。

こうして、今回の長すぎる旅が始まった。

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アシアナ航空で関西国際空港から仁川国際空港(韓国)、仁川からヒースロー空港(イギリス)へ行き、ヒースローからダブリン空港(アイルランド)へはエアリンガスという航空会社で行く。約18時間弱の行程だ。

購入からしばらくして、フライト時間変更の連絡が入った。航空会社の都合による変更はよくあることらしい。大阪→仁川の便が10:50発から11:30発になった。乗り継ぎ時間が短くなるが、問題はなさそうだ。

ダブリンに到着するのは夜の21:30になる。異国の地に夜暗くなってから到着するのは避けたいところだが、幸い夏のアイルランドは日が長い。22:00くらいまでは明るいだろうし大丈夫だろう。とはいえ、市街まで出るには時間がかかるので、空港に近い宿をとる。

イギリスによくあるビジネスホテルがダブリン空港の近くにもあった。キャンセルの可不可によって値段が変わる。キャンセル可にしても数日前には予約が確定し、それ以降はキャンセル料がかかる。それならキャンセル不可のものにしてもそんなに違いはないかな。そう思ってケチってしまったことを、数日後後悔することになる。

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出発までちょうど1カ月というタイミングで、再びフライト時間変更の連絡が入った。今度は、仁川→ヒースローの便が14:30発から11:50発に変更になったという。大阪を11:30に出発するというのに、なにをどう考えても乗り継ぎが間に合わない。なんてこった。

調べてみても、11:50に間に合うよう仁川に行ける便はない。途方に暮れて、とりあえずカスタマーセンターに問い合わせる。担当者も調べてくれたが、ヒースロー行きの便に乗るためには、前日出発の同じ時間の便で仁川に行くか、キャンセルするしかないという。

保険やビザもすでに取得してるし、あまり到着日はいじりたくない。別の航空券を買うと高くつくし、到着時間も変わってしまう。ホテルはキャンセルできない。到着日と時間を変えないためには、前日に出発するしかない。丸一日早い便になるので、仁川での乗り継ぎ時間が22時間になる。結局、トータル40時間を超える旅路になってしまった。

こうなってしまっては仕方がない。すぐに仁川空港のターミナル内にあるトランジットホテルを予約する。なかなか高い。食費のことも考えれば、他の航空券を買い直してもそれほど金額は変わらなかったかもしれないと、後になって思う。

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かくして、予定より1日早く大阪を出発することになった。蒸し暑い中、満員電車にくそデカい荷物を押し込み、エレベーターのないところでは、無料で預け入れできる重量ギリギリまで詰め込んだ23kgのスーツケースを自力で引っ張り上げ、2時間前には関空に到着。まだコロナの影響が色濃く、国際便のターミナルはかなり空いていた。チェックインもそれほど並ばずに、滞りなく手続き完了。ところが、ここで予想していなかったことが起こる。

これまでの経験上(といってもそれほど豊富なわけでもないが)乗り継ぎがある場合でも、最終目的地までの搭乗券は最初のチェックインでもらえるものと思っていた。ところが、今回大阪ではヒースローまでの搭乗券しかもらえず、そこからダブリンまではヒースローで手続きをしないといけないらしい。そして、「荷物をヒースローで受け取る必要があるかどうかは、ヒースローで確認してください。」と言われた。

は!!!!????

一度荷物を受け取らないといけない可能性があるというのか?だとすると、イギリスに一度入国する必要がある。入国審査を受け、荷物を受け取り、再びチェックインして荷物を預け、保安検査を通り、出国審査をパスして搭乗口に行けというのか?ヒースローでの乗り継ぎ時間は約1時間20分。絶対に間に合わない。

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突然降ってわいたミッション・インポッシブルに動揺しながら、ひとまず韓国へ。大阪で一時的に雨がひどくなり出発が少し遅れたが、全く問題ない。こちらには22時間の余裕がある。

仁川国際空港に到着し、ひとまずトランジットホテルへ向かう。予約サイトではチェックインが19:00からとなっていたが、そんなあほなと思い、とりあえず行ってみたら普通にチェックインできた。広々とした部屋で空港のWiFiにつなぎ、ひたすら検索してみる。

だが調べてみても明確なことはわからない。わかったのは、荷物を受け取らないといけない場合はやはり一度入国しないといけないということ。それには最低でも2時間はかかるということ。つまり、確実に間に合わないという事が日本の夏は暑いという事くらい確かになったという事くらいだ。

チェックインは乗り継ぎ先のターミナルでもできるだろうけど、問題は乗り継ぎと入国では空港内での行き先が違うということ。乗り継ぎでセキュリティなどを通り抜けてから、荷物を受け取ってくださいと言われたらどうしたらいいんだろう?そっから入国の方に回されるのか?

ヒースロー空港にはターミナルが1~5まであり、ターミナル間の移動にものすごく時間がかかる。なのでそもそも乗り継ぎ時間が1時間20分しかないというのは購入した時点で不安要素ではあった。ただ、1本遅い便にすると到着が22:30になり、さすがのアイルランドも暗くなっている頃だ。購入時はできるだけ早く到着したい気持ちを優先してしまった。

もう今さらどうにもならん。1つ希望が持てるのは、乗り継ぎが同じターミナルであること。ターミナル2に到着し、ターミナル2から出発する。ターミナルの移動がなければ何とかなるかもしれない。どうせ入国に進んでしまえば間に合わないだろうから、とにかくトランジットに進んでみて、ダメなら諦めて次の便に乗るしかない。こういう場合は自腹で次の便のチケットを買うのかな。ていうか不可能な乗り継ぎ便を手配するとかありえるのか?

悶々としているところにもう一つ、不安の芽が顔を出す。どうやらアイルランドの入国審査は厳しいらしい。事前に調べておくのをすっかり忘れていた。ネットの情報によると、ワーホリのビザを持っていても、GNIBの予約票だとか銀行の残高証明書の提出を求められることがあるらしい。そんなものは用意していない。

イギリスのときも入国審査が厳しいとネットに書いてあったが、実際はEゲートが出来ていて、機械にパスポートをかざして顔認証を受けるだけで通れてしまった。だからというわけでもないが、ビザもあるし入国審査の心配など微塵もしていなかった。

入国できないとなるとさすがに困る。遥々40時間もかけて到着して、国に帰れはやめてもらいたい。GNIBに関しては、働き先の人が手続きのサポートをしてくれることになっているので、自分では手配していない。働き先が決まっているというのはアドバンテージになるはずだ。雇い主の連絡先もわかってるし、最悪そこに確認してもらえばいい。

残高証明書はビザ申請のときに郵送したのだが、コピーを取っておくべきだったと後悔する。でもビザ取得時に提出はしているわけだし、そう言えばいいか。正式な書類はないが、いまはスマホで銀行口座の残高を見せることもできる。ユーロと円、両方アプリで管理しているので大丈夫。なんとかなるはずだ。

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ずっと画面とにらめっこしていても仕方がないので、運動がてら空港内を歩いてみる。ここもコロナの影響が色濃く、ターミナル内は閑散としており、閉まっている店も多い。半分閉まっているフードコートにいき、フォーを食べた。ウォンなんか一銭も持ってないが、今の時代クレジットカードで問題なく支払いできる。ありがたい。

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部屋に戻ってシャワーを浴び、ついでに下着も洗う。次いつ洗濯ができるかわからない。本を読んだりYouTubeを見て時間を潰し、早めに寝る。明日はロングフライトだ。

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翌朝、早めにホテルを出てコーヒーを買い、前日確認しておいた搭乗ゲートへ向かう。飛行機に乗るというのはやっかいだ。時間ギリギリだと落ち着かないが、いざ搭乗口に到着するとたいてい待たされる。乗り継ぎ22時間の最後の時間を本を読みながら過ごし、ようやく搭乗する。

前日ベッドできっちり寝たからか、機内では全然眠くならなかった。映画を見たりして過ごす。日本語吹き替えがあるものもあったがあえて英語で見て耳を慣らす。字幕は韓国語か中国語しかない。映画の英語はやはりまだむずかしい。道のりはまだまだ長い。

韓国の航空会社なので人種差別的な不安はないが、乗務員に韓国語で話しかけられるは少し困った。もちろん英語で、といえば英語を話してくれるが、仕草や他の客の態度などを見ていればだいたい何を言われているかはわかってしまう。言葉などわからなくたってなんとかなるものだ。

着々とロンドンが近づいてくる。いまはウクライナでの戦争の影響で航路が大きく変更されている場合がある。知り合いはイギリスから帰国する際、アメリカを通る北回りで帰ってきたと言っていた。アシアナはそこまで遠回りはしないようだ。本当に危ない地域だけ避けている感じの航路だった。そのおかげなのか、到着予想が18:00になっている。もともと18:50の予定だったので1時間近く短縮している。いいぞ。これなら間に合うかもしれない。

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長い長いフライトもあと1時間ほどになってくると、不安が重くのしかかってくる。日本に帰ってしまいたい。ふとそう思った自分に驚く。イギリスに2年間いて一度も抱かなかった感情だ。大丈夫、絶対乗り越えられる。言い聞かせながら着陸を待つ。

約10カ月振りのイギリスは晴れていた。18:10、到着して機体が止まり、焦る気持ちを抑えながら降りる準備をして扉が開くのを待つ。10分待っても列が進まない。早く!!!

やっと動き出した列に従って進む。さすがヒースロー、廊下が長い。手荷物のバックパックはかなりの重さで走る元気はない。精一杯の早足で進み、ようやく入国と乗り継ぎで分かれるポイントまできた。ターミナル2の乗り継ぎだけ矢印が右に向いている。まずはセキュリティチェックだ。

乗り継ぎまで20分しかないという私より危ういおじさんを先に通し、自分もかごに荷物をのせていく。液体類とパソコンを出して、ポケットの中身も全部出し、鞄と一緒にレーンに流して、自分はゲートを通る。今回の旅だけでも3回目、慣れたものだ。

次に搭乗券のチェックがあった。窓口はUKとnon-UKに分かれているので、non-UKに向かう。客は少なく、前にアジア系の女性が1人。フライトがキャンセルになったので搭乗券がない、みたいなことを一生懸命説明している。係りの女性が予約したことがわかる書類はあるかと聞くと、紙は持ってなくて、パソコンに入っているのだけれどそれを撮った写真が携帯に…というようなことを言っている。良かった、搭乗券がなくてもここは通れそうだ。

私の番がくる。搭乗券はまだもらってないと言って、フライトのレシートをプリントアウトしたものを見せる。ダブリンに行くんだというと、紙を見ていた女性が顔をあげ、ダブリン?ダブリンに行くの?と聞いてくる。そうです。じゃ、あっちのレーンに並んでね、domestic になるから。と言われる。

domestic?ダブリンは国内線になるのか?確かそんなことがネットに書いてあった気もする。OKと言って隣にうつると、アラブ系の家族の応対中。少し待たされる。

順番がきて、同じように紙を見せ、搭乗券はまだないがダブリンに行くと伝える。すると何やらメモを書いて、これでセキュリティチェック済だとわかるから。と言ってパスポートにそのメモを貼ってくれた。OK。次はどうやら入国審査だ。

イギリスでは対人の入国審査は初めてだ。パスポートを渡し、渡航目的はワーホリだと答えてビザを見せる。アイルランドのワーホリビザはA4サイズの紙をラミネートしたもの。パスポート自体にはなんの記載もないので、審査官はかなりじっくりビザとパスポートを見ていた。おじさん、そのYMSのビザは終わったやつだよ。

年齢と生年月日を聞かれ、イギリスに住んでたのかとか少し質問されたが、それ以上は聞かれず、無事に通してくれた。ふう。

これで出発ターミナルに入れたので、すぐにエアリンガスのカウンターに向かう。チェックインしたいと伝えてパスポートを渡す。荷物はあるかと聞かれ、預け入れ荷物の控えを見せる。しばらくパソコンでカタカタやったあと、あっさり搭乗券を渡してくれた。念の為、「荷物はダブリンまで運んでくれるんだよね?」と確認すると、ニコッと笑ってそうだと言ってくれた。

やったぞ!!!!

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案外あっさり乗り継ぎ手続きが完了した。時間を確認すると19:10。到着から約1時間だ。なんとかなるもんだなぁ。搭乗ゲートは19:30にアナウンスされる。もう少しだ。

安心したら余裕が出てきた。ヒースローの出発ターミナルは初めてだ。懐かしいというにはまだ記憶に新しいお店や、聞こえてくる英語に思わずニヤついてしまう。

日本や韓国と明らかに違う点がある。ほとんどの人がマスクをしていない。している人もいるが圧倒的に少数派だ。コロナ規制が完全になくなっている事実を実感する。

19:30を過ぎてもなかなかゲートのアナウンスがない。また不安の種がむくむく動き出すのを感じながら、電光掲示板を見つめる。すると、告知時刻が20:10に変わった。出発が21:00に遅れるという。ここに来て遅延か。まあここからダブリンまでは1時間程度。もうすぐそこまで来ている。それに多少でも時間に余裕がある方が荷物の移動もできるだろう。もしかして私のスーツケースを積み込むために遅れたのかな。そんなわけないか。

問題は、到着がどうやら22:00を過ぎるということ。空港からホテルまではシャトルバスが出ているが、最終が23:00だ。ローカルバスは乗り方がよくわからないし、タクシーを使うしかないか。

大人しく20:10まで待ち、ようやく搭乗口がアナウンスされたので、ゲートに向かう。再び待ち、並び、待ち、歩き、飛行機に乗り込む。通路側の席だったが、隣の窓側が空席だったので、離陸と共に窓側に移る。よく晴れていて下界が良く見えた。しばらくのどかなイングランド上空を飛ぶと、やがて海岸線が見えてきた。

あっ!あの街!ブリストルだ!!2年間過ごした街が真下に見える。少し行くと2本の橋が見えた。ブリストルとウェールズの間にかかっている橋だ。間違いない。疲れた心が少し癒される。本当に戻ってきたんだな。

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機体はさらにウェールズ上空を抜け、海上に出た。地図上で見るとイギリスとアイルランドはすぐ近くだが、実際に飛んでみると少し距離がある。しかしそれもほどなく抜け、雲の向こうに陸地が見えてきた。ついに辿り着いた。アイルランドだ。日本の家を出発してから実に47時間。ついにここまで来た。

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流石に疲れがたまっていた。この旅3回目の着陸を終え、長い廊下を歩き、入国審査へ。イギリスでやったのでもしかしたらないかなと思ったがあった。EUのパスポートかそれ以外かで並ぶ場所が変わる。EU以外には誰も並んでいなかった。

パスポートを見せ、渡航目的を聞かれたのでワーホリだと答えながらバックパックからビザを引っ張り出す。イギリスの時とは違い、審査官はすぐに了解してくれた。このビザにも慣れているのだろう。わかってはいると思うけど、3カ月以内にIRP(正式なビザのようなもの)を取得しないといけないよ、と念を押される。あとは働き先は決まっているのかということや、決まていると言うと場所や職種も聞かれたが、あくまでシステムに入力している間の雑談という感じだった。

写真を撮ると言われ、所定の位置に立つ。すっぴん眼鏡、顎にはずらしたマスクというひどい状態だったが、もはやマスクを外す元気もない。どうせシステムに登録されるだけで人目に出ることはないだろう。システムの入力が完了し、必ず3カ月以内にIRPの取得を、ともう一度言われて入国審査は終わった。全然厳しくなんかなかったぞ。ネットの情報というのは時に必要以上に不安をあおってくるものだ。

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さて、これでアイルランドに入国できた。あとはスーツケースを受け取ってホテルに向かうだけだ。急げば最終のシャトルバスに間に合いそうだぞ。軽くなった心で荷物の受け取り場所に行く。すると、なんとそこら中スーツケースだらけだった。壁際一面に並べられたもの、レーンの横で所在無げに立っているもの。いったいこれはなんだ?

戸惑いながら、自分の荷物受け取りのレーンを探す。入国審査に少し時間をとられたので、すでにベルトコンベアが回っていた。もう出てきているかもと思ってぐるっと回ってみるがなさそうだ。灯りが半分消されていて薄暗い中、自分のスーツケースを探して目を凝らす。なかなか出てこないな。ヴィィーンという音を立てながらゆっくりとベルトが回る。そして、止まった。私のオレンジ色のスーツケースは見当たらない。

ロストバゲージ。

見逃していないかとレーンを何度も回り、スーツケースの群れも見て回るがどうやらない。出てこなかった。ヒースローではちゃんと一緒に飛行機に乗せてくれると言っていたのに。対応してくれた女性の顔が浮かぶ。

ヒースロー空港はすこぶる評判が悪い。荷物が壊れていたり、なくなったりすることがよくあるという。初めてイギリスに行ったときにそんな情報をネットで読んで以来、飛行機に乗るときは常にロストバゲージが頭の片隅にある。だからいつも受け取り口に自分のスーツケースが出てくると、心底ほっとした。今回初めてその安心感を味わえなかった。

人生初のロストバゲージだ。乗り継ぎ時間も短かったし、正直可能性は高いと思っていたので、それほど大きな衝撃ではなかった。むしろまだ経験したことがなかったので、経験出来てよかったな、なんて思う。

ただ、さすがの私も疲れ切っていた。すでに夜も遅い時間だからか、スタッフはおらず、クレームはタッチパネルで行うようだ。すでに数人がパネルの前であーだこーだとやっている。あとから知ったが、パンデミックの影響で人手不足が深刻らしく、それに加え今はホリデーシーズンなので、ヒースローだけでなくダブリンやヨーロッパ中の空港でロストバゲージが多発しているらしい。私の乗った便だけでも10人近くが荷物を受け取れなかったようだ。

表示に従って必要事項を記入していく。電話番号は今使えるものがないし、大文字しか打てないし、住所を入力したいのにハイフンが打てないし、「これで本当に大丈夫なのか?」という感じだったが、早くホテルに行きたい一心でさっさと終わらせる。最後にレファレンス番号が表示され、直後にメールで追跡サービスのURLが送られてきた。それで荷物が追えるらしい。

なにはともあれ、到着だ。スーツケースはないが、バックパックに最低限必要なものは入っているので数日は問題ない。韓国で下着を洗っておいたのは正解だった。服はあまりないがまあいいだろう。外に出ると風が冷たく、肌寒いくらいだった。

当然シャトルバスはもうないので、まっすぐタクシー乗り場に向かう。すでに暗くなっていたがここにはまだ係りの人が残っていて、タクシーもすぐに来た。5分ほどでホテルに到着。すぐにチェックインを済ませ、部屋に向かう。これまた一人で泊まるには広いくらいの必要十分な部屋だ。時刻はすでに23:00。ああ、やっと休める。

気力を振り絞ってなんとかシャワーを浴び、下着などを手洗いする。チェックアウトは12:00までなのでゆっくり寝られる。おやすみなさい。

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本来ならば、ここで日本からアイルランドまでの旅は終わるはずだったのだが、かわいそうな私のスーツケースの旅はまだ終わらない。

翌朝起きて、まず追跡サービスを確認するが、新しい情報はない。どうするか悩んで、一旦シャトルバスで空港に戻った。空港内のカフェで軽く食べて、もう一度サイトをチェックするとその日の午後の便でヒースローからダブリンに到着するようだ。もちろん全然違う国に運ばれていたり、韓国に取り残されている可能性もあったのだが、どうせヒースローにあるんだろうという強い確信があった。やっぱりそうか。とにかく無事に届けてもらえそうだ。

市街にあるホステルを予約していたので、そちらに向かうことにする。重いスーツケースがないので身軽になり、むしろ良かったかもしれない。SIMカードもゲットしネット環境を整え、逐一サイトをチェックする。するとその夜動きがあった。書き方がわかりにくいが、どうやら宿泊しているホステルに郵送したということらしい。ここには2泊する予定で、つまり明日中に届けば大丈夫ということだ。空港で情報を入力した際に宿のチェックアウト日も登録しているので、それまでには届くだろう。なんとかなりそうだ。

服は諦めて同じものを着る。日本の夏だったらきついが、幸いこちらは涼しいので大丈夫だ。シャンプーとトリートメントだけ購入する。

翌日は普通にダブリン観光をした。宿に帰ったらスーツケースが届いているはずだ。朝出かけるときに受付の人に言っておいたので、受け取っておいてくれるだろう。ちょこちょこサイトを確認してみるが、特に動きはない。宿からも届いたという連絡はないが、まあ大丈夫だろう。

ところが、その日19:00過ぎに宿に戻って受付で聞いてみると、今日は何も届いてないという。その瞬間、不安の渦に飲み込まれる。

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その宿は翌日チェックアウトし、働き先がある小さな町に向かうことになっている。雇い主が正午に迎えに来てくれる予定だが、状況を伝えてもしかしたら空港に行くかもしれないと連絡を入れる。落ち着け、落ち着け。あらゆる可能性を考える。

荷物がすでに発送されているなら、空港に行っても意味がない。もしダブリンを離れてから宿に荷物が届いたらどうしたらいいんだろう。宿の人に言っておけば新しい住所に送ってくれるかな。とにかく荷物が今どこにあるのか、本当に送られてくるのか確認しないと。もしかしたらまだ手続きをしている段階で、発送はされていないのかもしれない。

もし荷物なしで移動することになったら、必要なものを購入しておかないといけない。保険が適用されるはずだからそれは問題ない。なにが必要だ?待て。その前にロストバゲージの証明書がない。対人ではなくタッチパネルで申請をしたので、メールしか受け取っておらず、書類が何もない。メールでも大丈夫か保険会社に確認しないと。

まずはスーツケースの所在だ。文章を頭の中で組み立て、航空会社に電話する。英語での電話はまだ苦手意識がある。電話をかけるとまず、ネット上で遅延荷物の状況が確認できるというアナウンスが流れる。OK、それはわかっている。急ぎの人や申請から24時間以上経っている人はこのまま待てと言われ、待機メロディが流れる。しばらく待っていると、急に音が途切れた。・・・あれ?

もう一度かけてみるが、2分ほどで勝手に切れてしまう。なんてこった。これは誰も出ねえぞ。お手上げだ。

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翌朝もう一度チャレンジすることにして、その日は寝た。朝起きてサイトを確認するが何も変化はない。もう一度航空会社に電話をかけてみるが、繋がらない。保険会社にも連絡すると、保険の適用には荷物の遅延証明書が必要だという。まったくどいつもこいつも!!!こんちくしょう。こうなったら空港に行って直接航空会社の人と話をするしかない。必要なものも証明書を手に入れてからじゃないと買えないってことじゃないか。ひとまず荷物をまとめ、とにかくまだ宿に届く可能性もあるから状況を説明しようとデスクへ向かう。

「実はロストバゲージで荷物がまだ手元に届いてなくて・・・」

「ちょっと待って。名前は?オフィスに届いてたかもしれない。」

そういって裏に消えたお兄さんがすぐに戻ってくる。オレンジ色のスーツケースを押しながら。私のスーツケース!!!!!ああ、会いたかったよ。

かくして、チェックアウトギリギリで無事、スーツケースと再会することができた。直前までもう空港に行くしかないと思っていたので、急に力が抜ける。極度のストレスから解放され、その日の予定を組み直しながらしばし放心する。経験できてよかったなんてとんでもない。もう二度とこんな目にはあいたくない。

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ということで、私とスーツケースの長い長い空の旅は完結した。ワーホリはこれから始まるというのに、何かをやり遂げた気分だ。ちなみに返ってきたスーツケースは角が汚れており、ついていたはずのネームタグはなくなっていた。やれやれ。次のロングフライトは絶対に乗り継ぎが少なく、乗り継ぎ時間にも余裕がある航空券を買うとしよう。


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