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19世紀フランス作家コレットの「シェリ」読書感想文

コレットというフランスの女性作家がいた。

1873年生まれ、14歳年上の人と結婚するも、のちに離婚、執筆のかたわらで役者や踊り子などもするようになる。


以前、「青い麦」という作品を読んだ。

14歳くらいの少年少女のおはなしで、互いに恋心が芽生えているものの思春期による照れやプライドに、相手はもちろん自分の気持ちすらみえなくなっていく。


少女目線、少年目線がそれぞれ描かれていて、それがもうなんとも大人っぽく、そしてちゃんと子供なんである。要するに、この年頃の感情がそのまま表されているんである。ヒョエー、素直になるということが世界一難しい14歳!


今回わたしが読んだ「シェリ」1920年作のつぎにうまれたのが「青い麦」1923年作だ。


「シェリ」

あらすじはこちら。

50歳を目前にして、美貌のかげりと老いを自覚する元高級娼婦のレア。

恋人である25歳の青年シェリの突然の結婚話に驚き、表向きは祝福して別れを決心しつつも、心穏やかではいられない…。


もうさ、そんなの、おもしろいに決まってるやん…!

元高級娼婦っていうのがポイントよね。ああ、ドレスや館が思い浮かぶ描写よ…!


「出てって。昔からきらいなの、お客に招かれてるのにお料理にケチをつけたり、クリームチーズをガラスにこすりつけたりする人って」

恋人の25歳の青年シェリに、さっそくこう言い放つレア。


ロワールのフルーティな白ワイン「ヴーヴレ・セック」と、ヘタがついたままの6月のいちごに思わずにっこりしながら、ひとりきりの昼食を楽しんだ。いちごが盛られているのは、濡れたアマガエルのように緑色のリュベル窯陶器の皿だ。

*リュベル窯陶器…つややかな恋緑色が美しく、中央にフルーツが描かれ、周囲はバスケット編みの模様などの皿がある。


白ワインにいちご、そして素敵なお皿…ああ、泡たっぷりの湯船に浸かりながら飲み食いする姿がイメージに!


「あんなに甘い藤色を着て。よく着るわね、あんな色。わたしはきらい。藤色のほうも、わたしをきらいみたいだけど」
自分に手加減しない大きな目とほっそりした鼻が、ブランデーグラスからすっと離れた。


あの色がきらい、似合わないから、色のほうもわたしのことをきらいなんじゃない、とか言ってみせるのって、さすがはフランス人。


シェリが政略結婚することになり、レアはひとりで旅立つ。何ヶ月かのひとりバカンス。

シェリは新婚旅行から帰ってきて、レアが旅立ったことを知り、落ち着かない。誰かほかの男と行っているのか?と。

そして若妻とケンカをするのだ。


「ココット(高級娼婦)というのは、ふつう自分が与えるより多くを受け取ろうと考える女のことですよ。

19歳で肌が白くて、髪はバニラの匂い、ベッドでは目を閉じっぱなしで腕もだらりとさせてるだけ_それもたいへんけっこうですが、だからと言ってそんなに貴重なもんですかね?貴重だと思ってるんですか、あなたは?」


若妻を刺すように責めていくシェリ。聡明な若妻も、負けてはいられない。


「貴重だってこともあり得るでしょ。そんなこと、どうしてあなたにわかるのよ?

わたしだってね、イタリアではあなたよりずっとすてきな男の人たちを見かけたわ。どこにだっていたじゃない。わたしが19歳なのは、ほかの19歳の子たちと同じ価値でしかないかもしれないけど、それならかっこいい男の子も、ほかのかっこいい男の子と同じ価値でしかないでしょ」


そして、こんなことで喧嘩するくらいならいっそ別れたほうが…と言う若妻に、シェリは憐れむように言う。


「そんなこと(それなりの犠牲を払って離婚)をしたってなんにもならない、きみがぼくを愛しているからだ」


と言い放つ。


シェリは男友達のところに入り浸る。若妻と母を家に残して、あそびまわる。

やがてレアが戻ってくると知り、シェリは嬉々として家に帰った。

シェリが結婚したことでレアは空虚な心をもてあそんでいたが、突然シェリがやってきて…。


ああ!クライマックス、レアはシェリとの逃避行を夢みる。

それはあまりに独りよがりでロマンチックなランデブーだ。

だけど長い絶望のあとに幸福な現実を体感したなら、夢見ずにはいられないだろう。


25歳のシェリは残酷だ。もうすぐ50歳になる女を、彼女自身がみえない角度から盗み見る。

それはなんといっても、「若さ」とは対照的なものだ。


若さ。抗えないもの。

だけど、シェリから見てレアの強さはそれだった。「若さ」では手に入らない、それこそシェリの言葉を借りるなら

「あんたのみごとな話し方、歩き方、ほほえみ、洗練された身のこなし」


それらは若さでは手に入らない、歳を経てこそレアの魅力になったものたち。

だからこそシェリはレアに惹かれたのに。


でもだからこそ、「もう遅すぎる」。レアが唯一手に入らないもの、若さ。

シェリは若さのかたまりだ。そして彼の若妻も。若妻はだって、19歳!


レアがひとりバカンスから帰ってきて、シェリは嬉々として会いにいく。ようやく会える。そう思って、長い時間をかけて会いにきた。それなのに…

「ここへ来て、そしたら、年老いた女がいた…」


口をつぐんだシェリの代わりに、レアが代弁をした。シェリはなにも言えない。


「もしわたしがほんとに洗練されていたなら、あなたを一人前の男にしてあげたはず。

あなたの体の_わたしのもだけど、快楽ばかり考えたりせずに。誰よりも洗練された、だなんて、いいえ、わたしはそうじゃなかった。だってあなたを放さなかったんだもの。そして今では、もう遅い…」


レアは崩れ落ちそうになるほどの気持ちをこらえる。さすがは49歳だ。


レアは今度こそ完全な「さよなら」をする。身が引き裂かれる思いを閉じこめ、シェリを追い出す。

そして部屋から、外へ出るシェリを見送る。

立ち止まるシェリ。「戻ってくる!」喜ぶ老女…。


そしてラスト一節を読んだときの、なんとも言い難いやるせなさ、脱力感。


若さを取り戻せ、少年よ!


そしてレアはレアらしく、歳を楽しんでいってほしい。

「わたしほどの女に、最後の覚悟がないっていうの?いいえ、おまえ、これまでも、この名に恥じないよう立派にやってきたじゃないの。

これほどの女はね、年寄りの腕のなかで最期を迎えることなんかしないのよ。

これほどの女だからこそ、運にも恵まれて、しなびた生き物で手や唇を汚したことは一度もなかったじゃない!

ええ、そうよ、女吸血鬼は、みずみずしい体しか欲しくはないの…」


全部おさらばしよう、とレアはうんざりしたように回れ右をする。

「あれこれ買いに行きましょ。胸にあいた大きな穴を埋めるため、この怪物を変装させるため_老いた女というこの怪物を…」

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