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王さまとたね full ver.

 みなさんのみる夢のどこかには、おおきな、おおきな海がひろがっているのを、みなさんは、ごぞんじですか。「そんなこと、とっくのむかしに知っているよ。」という人もいるでしょうし、「そんなこと、いま、はじめて聞いた。」という人も、いるでしょう。けれど、どんな人も、その海のまんなかにぽっつり、ちいさな、うつくしい島がうかんでいるのは、ごぞんじないかもしれませんね。
 その島は、歩いてまわれるほどの、ちいさな島です。ねんじゅう、あたたかくて、ゆたかな緑に、つつまれています。
 このちいさな島の、なかほどにある野原には、やっぱりちいさな、二かいだてのお城があります。
 お城は、いつからあるのか、わかりません。古いけれど、ふんいきのよい、かわいいお城です。
 お城には、ちいさなかんむりを頭にのっけた、ちいさな王さまが、ふたりの友だちと一緒に、住んでいます。
 「王さま」といっても、ちっとも、えらそうではありません。
お城に住んで、きんいろにきらりとひかるかんむりを、かぶっているので、みんな、「王さま」と呼んでいるだけなのです。国もなければ、家来もありません。財宝もなければ、おきさきもありません。なんにもないなんて、へんな王さまです。でも、みんなが「王さま」と呼ぶので、わたしたちも、「王さま」と呼ぶことにしましょう。
 王さまは、内気で、あまりしゃべりません。にっこり笑ったり、楽しそうにはしゃいだりもしません。なにを言うときにも、同じ顔をしています。ですから、はじめて会う人は、王さまはいつもふきげんだと、かんちがいするかもしれません。けれども、よく、王さまをみてください。王さまは、いつもだれかのために、なにかをしてあげようとしているはずです。だからほんとうは、だれにも手をさしのべることのできる、やさしくて素直な心のもち主なのです。
 みなさんには、王さまの友だちも、ごしょうかいしましょう。
 まずは、空とぶさかな。
 さかなのうろこはにじ色で、あっちにゆらゆら、こっちにふわふわ、いつも宙をただよっています。王さまとはうってかわって、さかなはとっても元気。ちょっと高めの明るい声で、陽気に話します。
 つぎに、ものしりランプ。王さまやさかなの生まれるずうっと前から島にいる、お城と同じくらい古いランプです。にび色で、ずっしりしたようすをしています。とってをからんからん、がしゃんがしゃん、鳴らしながら、たいぎそうにすこしずつはねて動きます。そのようすは、まるでこちらこそほんとうの王さまみたいです。
 王さまと、空とぶさかなと、ものしりランプは、夢の海のちいさな島で、静かに暮らしています。でも、まいにち、いろんなできごとがあるので、ぜんぜんたいくつしないのです。
 さて、いろいろなおはなしのなかから、どのおはなしをしましょうか。
そうですね、王さまたちと、ちいさなたねのおはなしをしましょう。

 きょうは、ねんにいちどのおおそうじの日です。ふだんのそうじにくわえて、まどふき、たんすのせいりや、ひきだしのせいりに、もようがえ……王さまも、空とぶさかなも、ものしりランプも、おおいそがしです。
「おや、王さまがいないぞ。」
 ランプがきょろきょろしていると、
「王さまはさっき、じぶんのへやをかたづけていたよ。」
と、さかながこたえました。
「でも、王さまはなんでもだいじにして、なんにも捨てられないから、きっととても時間がかかるだろうね!」
 さかなはくるりと、宙返りをして、わらいました。
「それに、王さまは、なんでもゆっくり! ぼくはすぐにかたづけおわったけど、王さまは、夜までかかるかもしれないよ!」
「ふむ。ちょっとようすを、みにいこう。」
 ふたりが王さまのへやをのぞくと、王さまはほうきをもったまま、ぼんやりしています。
「ほらね、言ったとおりだ!」
 さかなは、王さまのほうへ、すいすいとんでいきました。
「王さま、なにしてるの。はやくかたづけて、野原へあそびに行こうよ!」
 王さまは、はっとして、ふりむくと、さかなにたずねました。
「さっきから、だれかの声がきこえるんだよ。ちいさいちいさい声が。けれど、まどのほうからじゃないんだ。聞こえないかい。」
 さかなとランプはきょとんとして、顔をみあわせると、耳をすましました。するとどうでしょう。
「……て。……よ。」
 たしかにだれかの声がします。でも、あんまりちっちゃな声なので、よく聞きとれません。
「王さまのあしもとから、聞こえるようだ。」
 ランプが近づきました。みんな、目をこらして、ゆかをさがしました。
「……ここだよ。ぼくは、ここ。」
 かすかな声が、みんなの耳に入ってきました。
「ほうきにからまってしまったんだ。ぼくをたすけて。」
 そうです、王さまのほうきには、ほこりにまみれて、ちいさなたねがひっかかっていたのです。
 王さまは、たねをとってあげました。ひらべったい、ぺらぺらのちっちゃなたねは、風がふいたら、とばされてしまいそうです。
「ああ、たすかった。」
と、たねはほっとしました。みんなは、たねのちかくに顔をよせて、ちゅういぶかく、たねの話をきいてあげました。
「ぼくは、たんすとかべのあいだに、かくれていたんだ。」
「どうしてかくれていたのさ。こんな天気のいい日に!」
と、ふしぎそうな目つきのさかなに、こうこたえます。
「ぼくは、たねのままでいたい。おひさまの光をあびたり、水にふれたりしたら、芽が出てしまうかもしれないだろう。だから、かくれていたんだ。」
「たねなのだから、成長してこそだろう。」
 ランプは、首をひねりました。
「そんなことないよ。ぼくは、たねのままでいたいんだ。」
 たねは、かすかに、ぶるっと、ふるえます。
「ぼくはじぶんが、なんのたねなのかを、知らないんだよ。でも、こんなにちいさくて、こんなにひょろひょろしてるだろ。だから、きっと雑草のたねだと思うんだよ。きれいな花も咲かせられないし、大きな木にだってならないはずだ。そんなことなら、たねのままでいようと、決心したんだ。太陽や水に気をつければ、ちょっとくらいは動けるし、なにより、雑草になってばかにされることもない。」
 これを聞いて王さまは、
「そんなことないよ。たねのまんまじゃ、もったいない。」
と、言いましたが、たねは、聞こうともしません。
「みんなはたねじゃないから、わからないんだ。くらいくらい土のなかで、 ぼくはいったいどれくらいいればいいんだい。土のなかで、ぼくはひとりぼっち。もしかしたら、土から出れずに死んでしまうかもしれないじゃないか。」
 みんなは、それぞれに、たねをはげましました。
「きみがなんのたねなのかは、ものしりのわしにもわからんなあ。だがね、自分がなにに育つのか、わからないからといって、立ち止まるわけにはいかないんじゃよ。だれだって、おそれや、くるしみを、のりこえながら、よりおおきく育っていくんじゃからのう。たねのままでは、いつかひからびて死んでしまう。」
と、ランプ。
「ちいさいからってなんだい。育たなかったらきみは、いつまでたっても、よわよわしいたねのままじゃないか。」
と、さかな。
「ぼくらがそばにいるよ。お城の中庭ならどうだい。土のなかでもさびしくないように、ぼくらがまいにち、話しかけるよ。」
と、王さま。
 でも、たねは聞こうともせず、ぷるぷる、ふるふる、からだをふるわせるばかりです。
「ぼくは、はげまされたくて、話しかけたんじゃないよ。守ってもらいたいからでもない。ひとりきりではさびしいから、話しかけたんだ。きみたちなら、ぼくの気持ちをわかってくれると思ったのに。」
 たねはそう言って、おこってしまいました。
「だれかと話したいと思ったぼくが、ばかだった。」
 すると、その時です。
「あっ。」
 まどからはいってきた風に、たねが吹かれて、どこかへ飛んでいってしまったのです。ただでさえ、ちいさなたねです。いっしゅんのことだったので、たねがどこへとばされたのか、だれにもわかりません。
「大変だ。」
 王さまは、青くなりました。
「このへんにはぼくらしか、住んでいない。だから、ぼくらがみつけなくっちゃ、あの子は、また、ずっとひとりぼっちになってしまうよ。」
「でも、まどのそとは地面だし、そのうちに育って、ぼくらはかんたんにみつけられるんじゃないかな。」
と、さかなはのんきに言いましたが、王さまは首を横にふって、反対しました。
「だってたねは、成長したくないって、言っていたよ。だから、いまは地面から守ってあげなくっちゃ。それに、成長しても、しなくても、いいじゃないか。ぼくらはもう友だちなんだよ。もういちど会って、なかなおりしようよ。」
「ランプはどうなのさ。ぼくは、まてばいいとおもうんだけどなあ。」
 さかなはゆっくり、ランプのまわりをとんで、めぐりました。
「わしは、王さまにさんせいじゃ。たねが、自分でそうと決めるまでは、成長しないように守ってあげるのも、友のつとめだろうて。」
 みんなはお城のそとへ出て、たねをさがしました。

 そのころ、たねは、こんどは門石のあいだにひっかかって、動けなくなっていました。
「ぼくはよわくない。みんなより、ちょっとちいさいだけじゃないか。」
と、たねはしばらくのあいだは、まだおこっていました。ですが、おこった気持ちがおさまってくるにつれて、だんだん、さびしくなってきてしまいました。
「けんかのさいちゅうに、とばされてしまった。みんなもおこって、ぼくのことなんか知らないと思っていたら……。」
 たねは、どうにか、石のかげから出ようとしましたが、力が足りません。
「こんな日かげで育たなければならないなんて……。」
 くやしい、かなしい気持ちでいっぱいになって、たねはしくしく、泣きはじめました。
「どうして、ぼくはこんなにちいさいんだろう。自分で自分のことも守れないなんて、なさけない。ぼくはやっぱり、たねのままじゃいけないのかしら。どうして、ぼくは、このままではいられないのだろう。どうして、ぼくはひとりぼっちなんだろう。」
 たねは、ひなたにそよぐ草をながめました。まるで、たねのことなんて気にしていません。だって、たねは、ほかのみんなとは話せるのに、草花とは、話せないのです。
「みんな、だまっている。ぼくも、成長してしまったら、あんなふうに、動けもしないでだんまり、風に吹かれるままになるのかな。」
 たねは、そんなすがたを思いえがいて、ぞっとしました。
「ひからびて死ぬのと、どっちがいいかなんて、わかりゃしないさ……。」
 そうやってかなしい気持ちで泣きながら、どれくらいたったでしょうか。
「泣かないで。」
 上のほうから、声がして、たねは見上げました。さかながいちばんに、たねをみつけたのです。
「さっきはごめんよ。きみ、泣いてるんだもの、おどろいた。そんなにかなしそうに泣いているなんて! 泣き声といっしょに、幸せまで出て行ってしまうよ。」
 たねは、さかなにみつけてもらってうれしかったのに、さっきまでおこっていた自分がきまずくて、すなおによろこべません。それに、さかなのざっくばらんな話しかたが、たねには苦手におもわれました。
「ねえ。きみはまだ、かなしいんだね。」
 さかなは、ふわり、ふわりと、たねのほうにおりてきました。たねは、うつむいて、なにもこたえません。泣きたい気持ちをこらえているつもりなのに、あとからあとからかなしくなって、さかなにみつかったのが、いまでははずかしいくらいです。
「……。」
「しょうがないなあ。ぼくがとっておきの場所につれていってあげる。きっと、元気になるよ。ほら、乗って。」
 さかなは、たねを鼻先にちょこんと乗せると、ぐんぐん空のほうへ、あがりました。
「しっかりつかまっておいで。落ちたら大変だよ!」
 たねは、とつぜんのことに、びっくりするやら、おそろしいやら、声もでません。目をつぶって、必死にさかなにしがみつくばかりです。
「目をあけてよ。島も、海も、みわたせるよ。」
 たねは、おそるおそる、目をあけました。
 いったいどれほど、のぼってきたというのでしょう。さっき、たねにはあんなにおおきかったお城が、たねと同じくらい、ちいさくなっています。みわたすとそこには、あおくすきとおった海が、ひろがっています。はしのほうまで、ぜんぶ、海です。太陽の光が、きらきら、きらきら、海の波にあたって、まぶしいほどです。真下のちいさな島のほかには、なにもありません。なんと、おおきな海でしょう。なんと、ちいさな島でしょう。そして、なんと、うつくしい風景でしょう。たねは、はじめてみる景色に、息をのんでみとれました。
「連れてくるのは、君がはじめてだ。さっき、おこらせてしまったみたいだから、おわびのしるしさ。どうだい。もうおこってないかい。もう、かなしくはないかい。」
「うん……。うん……。」
 たねは、うなずくばかり。さかなは、ゆったりと、空の高みをただよいながら、
「ぼくのおとうさんはね。」
と、静かに話しはじめました。
「ぼくのおとうさんは、あの海の向こうへ、ぼうけんに行っているんだ。おとうさんが島を出たのはずっとずっと前なんだけれど、ぜんぜん帰ってこない。どうしてだろう。ぼくは、ずっと、おとうさんをまちながら、考えた。『おとうさんは、まだ、ぼうけんを終えていないのかもしれない。それほど、海の向こうがわには、おおきな世界がひろがっているのかもしれない。』それからこうも考えた。『海の向こうがわの世界は、島にもどるのを忘れるほどに楽しくって、だからおとうさんは、なかなか帰ってこないのかもしれない。』」
「……。」
 たねは、なんとこたえたらいいのかわからずに、だまっていました。
「ぼくはね、だから、おとうさんをさがしに、旅に出ようと思っている。」
「えっ。」
 たねがおどろいて声を出したので、さかなはくすりとわらいました。
「ははっ。きみはびっくりするんだね。でもね、考えてもごらんよ。ぼくが飛べるのは、どうしてさ? この海を、こえるためなんじゃないのかい。」
「でも、こんなにひろい、おおきな海で、きみはひとりぼっち。迷ってもきっと、だれも助けてくれないよ。」
「だったらなおさらだろ。だって、きみが言うとおりなら、おとうさんはいま、ひとりぼっちで、迷っているのに、だれにも助けてもらえないんだよ。」
「あっ、そうか。でも……。」
「ふふふ。きみは考えすぎていけないね! おとうさんは元気さ。そんな心配はいらないくらい、つよいさかななんだから。」
「……。」
「ねえきみ、いままで、ぼくは、王さまやランプがさびしがるといやだから、ずっと決められないでいた。けれど、いまはきみがいる。あのふたりも、きみがいれば、さびしく思わずに待っていてくれるだろう。」
 風がつよくなってきました。たねは、さかなの鼻のあたまにしがみつきました。
「風が出てきたね。そろそろおりなくちゃ!」
と、さかなの明るい声。
「ほら、野原でランプがひかっている。あのじいさんは、ぼくらをみつけたようだ。」
 さかなは空からおりるとちゅうに、たねにささやきかけました。
「そうそう、旅の話は、まだひみつだよ。王さまもランプも、びっくりして止めようとするにちがいないんだ。それはうれしいけど、決めた心がにぶってしまう。ぼくはある日、手紙をのこして、ひょいと旅に出たいんだ。」

 王さまは、お城のまわりをぐるぐる、ぐるぐるまわって、たねをさがしていました。みんなが帰ってきたのをみて、王さまはひと安心。
「よかった。よかった、みつかったんだね。ぶじでよかった、ほんとうに……。」
「ぼくがいちばんにみつけたんだよ!」
 さかなはくるりと宙返り。
「おやつにしようよ! うごきまわったあとは、甘いものがおいしいよ。」
 みんなは、テーブルのうえにたねをそっとのせて、たねを囲んですわりました。たねの声が聞こえるように、みんな小声で、みんな、テーブルに顔をよせています。こんなおやつは、はじめてです。
 クッキーをかじりながら、おしゃべりしていると、たねがぴょこんと飛びはねたので、みんなはたねをみつめました。
「ぼくは決めたよ。」
と、たね。
「ぼくは、土に入って、育とうと思うんだ。」
 みんなはすこしのあいだ、きょとんとしましたが、すぐに、
「たいへんな決心をしたのだね。えらいぞ。」
と、ものしりランプ。
「すてきだね!」
と、王さま。さかなは、しばらく、だまってかんがえこみました。そう、たねが土にいるあいだは、出発はさきのばしです。
 たねはちらりとさかなをみると、ほほえみました。
「だからね、ぼくがまた地上に出てくるまで、まっていてよ。」
 さかなは、
「一本とられたな! しかたない、まつさ。」
と、肩をすくめました。王さまとランプは、ふたりのひみつを知りません。ですから、このやりとりをきいて、ふしぎそうな顔をしました。さかなは、ぱちりとウィンクして、言いました。
「ぼくたちはね、ひみつのはなしをしたんだよ。つまり、すっかり友だちってことさ。」

 みんなはたねを、中庭にうめました。まいにち、おはようからおやすみまで、中庭ですごしました。雨の日も、風の日も、中庭ですごしました。たねの声も、けはいもしませんが、みんなはたねに聞こえるように、おおきな声で話すのでした。
 ランプは地下へ向かって本を読んで聞かせました。土のなかからはなにも聞こえません。
 王さまは土の中の様子をたずねました。たねは、うんとも、すんとも、言いません。
 さかなは天気を教えたり、歌をうたったりしました。ちっとも、たねのこたえはありません。
 それでも、みんなはまるでたねがまざっているみたいに、おしゃべりしました。
 ある日は、みんなで中庭でキャンプをしました。
 ランプは、たねが土のなかで、地上めざして戦っている夢をみました。
 さかなは、たねがすっかり成長して、おおきな花を咲かせている夢をみました。
 王さまは? 王さまは、テントのなかで、みんなでたねをまっている夢をみました。起きているときそっくりの夢をみるなんて、王さまは、やっぱりちょっと変わっているみたいですね。
 みんなはまいにち、おはようからおやすみまで、雨の日も風の日も、中庭でたねを待ちました。どれくらい月日がすぎたでしょう。みんな、口には出さないけれど、心配になってきたころのこと。ある日ついに、たねのいる土のなかから、緑の芽が出てきました。
「おはよう、みんな!」
 たねの声です! 低く、おおきくなって、おとなびた声です。
「おはよう、たね!」
 みんなはおおよろこびで、たねのあいさつにこたえました。
「みんな、ありがとう。ぼくは土のなかで、みんなの話を、まいにち、聞いていたよ。さけんでも、さけんでも、声がとどかなかったのに、みんなはぼくをまってくれた。ありがとう。」
 みんなは緑の芽を囲んで、おどったり、歌ったりしました。みんなで声を合わせて歌えるなんて、なんとすばらしいことでしょう。声をかければ、声がかえってくるなんて、なんと、すばらしいことでしょう。
「ねえ、ぼくはみんなに、言わなけりゃならないことがある。」
 たねがふいに話を切り出したので、
「なんだい?」
と、王さまはたずねました。
「ぼくはもうそろそろ、みんなと話せなくなるだろう。」
「なんだって!」
と、ランプはがしゃんと体をゆすります。
「うん。それがね……だんだん、みんなの声が聞こえなくなってきているんだ。ぼくは育つにつれて、ほかの植物みたいに、だんまり、風にそよぐことになるだろう。」
 さかなは、芽の上を、ふわり、ゆらりとめぐって、
「どうしてだい? どうしてさ? ぼくたちはもうおしゃべりできなくなっちゃうってのかい。」
と、かなしげにいいました。
「そうじゃないよ。」
 たねの声は、静かで、おちついています。
「きみたちと、植物とは、ことばがちがうみたいなんだ。地中にいるときは、はっきりききとれたのに、土の上に出てきたら、きみたちの声がちいさく、とおくなってきた。おひさまがあたればあたるほど、とおくなる。」
「聞こえなくなったって、見えるんだから、同じだよ。ぼくたちは、いつもきみといっしょにいるよ。」
と、王さまは声をおおきくして言いました。たねは、みるみるちいさくなる声で、こう話しました。
「王さま。ぼくはね、代わりに、色んな声が聞こえる。その声はどんどん、おおきく、ちかくなってきたよ。風の声がする。はじめまして、って、言っている。お城の声がする。がんばったね、って、言っている。おひさまが、これからよろしくね、って、言っている。雲の声まで聞こえてくる。海の向こうでは雨がふっている、って、言っている。ねえ、ほかにもたくさん音がする。土を伝わって、王さまの胸のときめきが聞こえるよ。」
 みんなは耳をすまして、ちゅういぶかく聞きましたが、聞こえてくるのは、たねの声だけです。芽の上の宙に浮いている、さかなのうろこが、きらりと、にじ色にひかりました。
「ああ。そうか、そうだったのか。ほかの草花の声もしてきた。話しかけている。たねだった時には、ぜんぜん聞こえなかったのに。ぼくに、話しかけているよ。みんなみんな、きみを待っていたよ、って、わらいかけている。」
 中庭は、しんと、静まり返っています。
「ありがとう、王さま。ありがとう、さかな。ありがとう、ランプ。ぼくはぜんぜんさびしくない。ぼくはこれからどんどん育つだろう。ぼくは、みんなと一緒だ。みんながこの島のどこにいても、みんなを感じられる。ぼくはみんなといっしょに……。」
 声はどんどんちいさくなり、ついには聞きとれないほどになってしまいました。
「……さかな、……。」
 空とぶさかなは芽の真上で耳をそばだてました。
「雲が……きみのおとうさんは、まだぼうけんちゅうだって。ぼうけんしながら、きみへのおみやげを、さがしているんだって、雲は言っているよ……。」
 お城の中庭はこんどこそほんとうに、しずまりかえりました。もう、なにも聞こえませんでした。
「さいごに、なんて言ったんだい。」
と、しゃがんだままずいぶんたってから、王さまがさかなにききました。
「みんなによろしく、って。みんな、どうか元気で、って、言っていたよ!」
 さかなはひらりとまいあがり、すうっと、また芽の上におりてきました。
みんなは、日が暮れるまで、芽のまわりを囲んで、だまっていました。

 たねは、ずんずん育ちました。芽から葉、葉から茎がでて、いちにんまえの植物になりました。あたたかなひなたで、きいろい花を咲かせました。そう、みなさん、あのたねは、たんぽぽのたねだったのです。わた毛がとれてしまっていたので、ものしりなランプにも、なんのたねだか、わからなかったのですね。
 王さまたちは、まいあさ、中庭へあいさつしに行きました。
ある朝、きいろい花は、まっしろなわた毛に変わっていました。わいわい、がやがや、ちいさな、ちいさな、ちいさな声が、たくさん聞こえてきました。
「王さま!」
「王さま! はじめまして!」
「はじめまして!」
 たねのたねが、たくさん生まれていました。王さまも、ランプも、もちろんさかなも、おおはしゃぎ。みんなは生まれてまもないたねたちと、すっかり友だちになりました。
 ふと、
「お願いがあります。」
と、たねたちが声をそろえました。
「ぼくたちを、とおく、とおくに、とばしてください。」
「お城のやねから。」
「たかいところから。」
「ぼくは海のほうへ。」
「ぼくは森のほうへ。」
「ぼくは野原のまんなかに。」
「ぼくは、まだ決めていないけれど、とおくへ!」
 王さまたちも、声をそろえてこたえました。
「もちろん!」
 王さまたちは、たねたちのねがいをかなえるために、そうっと、わた毛を取って、そうっと、かいだんを上りました。かいだんをのぼっているときも、たねたちはくちぐちに話をするのでした。
「きょうはとても晴れているね。」
「風もつよい。」
「ねているあいだに、だれかの声がしなかった?」
「したよ! 『とおくへ! とおくへ!』って。」
「中庭のそとには、いろんなところがあるんだろ。」
「それもその声が言っていた。」
「ぼくはねていてよく知らないな。」
「大人の声だったよ。」
「海があるって、きれいな海が!」
「どきどきするなあ。」
「わくわくするなあ。」
 屋上へつきました。王さまたちは、手わけをして、たねたちがそれぞれのぞんだ方角へ、ふうっとわた毛をとばしました。
「ありがとう!」
「ありがとう、お元気で!」
 最後のひとりを見送ると、お城の屋上は、まったく静かになりました。
「静かじゃなあ。」
と、ランプがつぶやきます。
「静かだね。」
と、王さまがこたえます。
「もうちょっと、話していたかったのにな。」
と、さかなはゆらゆら、王さまの頭のうえをただよっています。
みんなは日が暮れるまで、お城の屋上から島のようすをながめました。

 お城はゆたかな緑に囲まれていて、森のほうからは、風に吹かれる木々の音が、海のほうからは、おりかさなって打つ波の音が、してきます。このちいさな島で、王さまと、空とぶさかなと、ものしりランプは、静かに暮らしています。でも、まいにち、いろんなできごとがあるので、ぜんぜんたいくつしないのです。


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今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。