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僕が敗戦処理投手を応援する理由

帰路に着く客を背にマウンドへ


 あれはまだコロナの予兆もなく当たり前のように野球が行われていた2019年5月24日、ZOZOマリンスタジアムで行われた千葉ロッテマリーンズ対ソフトバンクホークス戦のこと。
(いつものように)ホークスの先発千賀の好投に苦しめられたマリーンズだったが、この日は投手順の踏ん張りに野手が答えるかのように試合の終盤にじわりじわりと追い上げを見せていた。
7回に1点差まで詰め寄った打戦は9回裏、清田に同点ソロホームランが飛び出し、試合は延長戦に突入した。

この日ずっとビハインドの展開を強いられていたスタンドは内外野ともに大いに盛り上がり、大興奮の渦に包まれた。同点ホームランを放った清田には割れんばかりの清田コールが送られ、さあこれから流れに乗って延長戦を制そう…という熱気に満ちたムードが球場に充満していたその時。

制球に苦しむ益田の球をきれいにとらえたデスパイネの2ランがスタンドに突き刺さった。熱狂に包まれていたスタンドが一気に冷えていく。思わず客席に野次が飛び交い始めたその瞬間、その野次までもかき消すように続く松田の打球もスタンドに入ってしまった。10回表に3点差。状況はかなり絶望的だ。

この日、たまたま仕事の都合で早く帰ることができた僕は、一塁側内野席でその試合を見ていた。自宅はZOZOマリンスタジアムから片道2時間以上ある都内にあるため、延長戦が長引いたら帰宅できなくなるな…どうしようかな…と考えていたところに放たれたダメ押しの一発だった。

スタンドに球が飛び込んだ瞬間、周囲の座席に座っていた観客がため息と共に一斉に荷物をまとめて立ち上がったのが分かった。もう時計は22時に差し掛かろうとしていた。そうして観客の多くが少しずつ、階段を上がり出口へ向かい始めた中…2発を立て続けに浴びた益田の周りに選手が集まり始めた。嫌な予感がした。

観客がぞろぞろと帰り始める風景を背に、アナウンスを待たずしてZOZOマリンのグラウンドにClutchoの「Time Capsule」が響き渡った。その日座っていた席からは、リリーフカーが出てくる瞬間が良く見えた。

一斉に観客が帰路に着き始めたスタンドを背に、うつむいて集中した表情でリリーフカーに腰掛けていたのは、僕がこの日試合が開始した時からずっとその名の書かれたタオルを握りしめていた選手、背番号49、チェン・グァンユウその人だった。チェン選手は、お客さんが帰っていくスタンドを背に、自分の仕事を果たすためにマウンドへ向かった―。


波乱万丈な「チェンの物語」

チェン・グァンユウという選手は、マリーンズファンにとっては「チェンチェン大丈夫!」という決め台詞でおなじみの、いつも笑顔でニコニコしている明るい助っ人だ。

外国人枠としては物足りないという表現をされることがありながらも、特に大きなけがをすることもなく毎年コンスタントに便利屋左腕として活躍し、なんだかんだと防御率3点台後半程度の成績を出し続け、もう日本に来て9年目のシーズンを迎える。

この底抜けに明るいチェンという投手、実はかなりの苦労人だ。台湾代表として国際代表に何度も出場しているし、ロッテが頻繁に交流試合をしているラミゴ・モンキーズ(現楽天モンキーズ)との交流戦では必ずに出して取材を受けている母国の英雄的存在でもある。その一方で、NPBでのチェンの野球人生はまさに波乱万丈と言っていい。

そもそものNPB入り自体が、当時まだ台湾の国立体育大学の学生であった最中に、シーズン中は大学を休学するという形で横浜ベイスターズに入団したのが始まりだった。そして、大学の途中で外国でプロに挑む、そんな挑戦の道を選んだチェンを待ち受けていたのは、翌年の戦力外通告からの育成落ちだった。

しかも、育成選手になった2年目のシーズンに左ひじを負傷。トミー・ジョン手術を受けなければならなくなってしまった。この年もまた自由契約となったチェンは、翌年なんとか支配下登録を勝ち取るも、結局また自由契約に。2011年に大学を休学してまで日本に来たあと、2012年、2013年、2014年と、実に3回にわたり戦力外通告を受けた。

だが、普通であれば気持ちが折れてしまってもおかしくないところ、ここからの粘りが凄かった。マリーンズの秋季キャンプで入団テストを受け、見事契約を勝ち取ると、そのままマリーンズで着々と常連外国人選手としての地位を築いていくことになる。

そもそも横浜時代を知らなかった僕は、新しく獲得したこの選手の経緯を知って興味津々だったのだが、実際に写真で、そして動いている映像を見た時に、一発でこの選手は応援したい!となってしまった。それだけ波乱万丈な中野球人生を選び続けているからには、よほど強い気持ちの持ち主で、苦労した分ずっしりと落ち着いた選手なのだろう…と思っていたのだ。しかし、実際に目にしたのは、あの独特のベビーフェイスに、いつも愛想の良い笑顔、そして底抜けに明るく人懐こいキャラクターだった。

今ではかなり流暢に日本語を話すチェンでも、最初は全く知らない国だったはず。異国の地で、何度も何度も挫折を経験して、それでもあんな風に、楽しそうに野球をしていられるものだろうか。僕はその事実にぐっと惹かれてしまった。

マリーンズに来てからのチェンは、他の外国人選手と違いシーズンが終わっても秋季練習に参加している。春キャンプも、遅れて参加する他の外国人選手達のことが全く気にならないかのように、初日から日本人選手同様仕上げて参加する。年末に行われているファン感謝祭にもニコニコしながら参加するし(昨年はプレミア12参戦のため不参加)、なんと前向きにプロ野球に取り組んでくれているのだろうと思う。ついでにいうと、2015年のシーズンオフには、元々日本に来るために休学していた大学も無事卒業している。立派だ。

ずっとギリギリのところで、それでも腐ることなく前向きに野球と向き合ってきた男、それがチェン・グァンユウという選手だった

「負けても良いから、安定しよう」


ここで、少しだけ自分の話を書かせてもらいたい。

僕は普段から、ツイッターやnoteで野球の話を呟いたり書いたりしている一方で、普段はあまり自分自身の仕事や健康のことに関しては書かないようにしていたが、実は「双極性障害」という精神疾患を抱えている。

双極性障害、昔は「躁鬱病」と呼ばれていた病気に自分がかかったのは、社会人に出て間もない2008年ころの出来事だった。

当時非常に残業が多くプレッシャーのかかる仕事についていた自分は、ある時ストレスから胃腸の不調を感じるようになり、内科を受診。徹底的に調べてもらったが問題はなく、心療内科の受信をすすめられた。転院先で一度は通常の鬱病といわれたが、その後双極性障害と診断が変わった。

双極性障害という病気は、いわゆる鬱病のような症状がでる鬱期と、気持ちが昂りがちになり、過剰に活動をしてしまったり、必要以上に頑張ったりしてしまう躁期とを繰り返してしまう病気だ。

このあたりを必要以上に書く気はないけれど、そのアップダウンの中で、特に仕事面において、僕は何度も自分自身に打ちのめされてきた。

調子が出てきて、うまくやれそうだ…と思い頑張りすぎてしまっては、調子を崩してしまう。その繰り返し。それを繰り返している自覚があるから、余計にそのミスを取り返そうとして気持ちが空回り、何度も何度も失敗を繰り返してきた。

もういい加減にそんな自分に疲れてしまって、どうにかしてこのループから逃れたいと模索していた時に、1人の上司に言われた言葉が大きな救いになった。

「負けてるとか、成功したとか失敗したとか思わなくていいから、とにかくどんな時でも安定することを目指してみたら?失敗した分取り返さなきゃと思うより、マイナスでもできるだけ安定していた方が周りも仕事がしやすいよ。」

と、「周りに迷惑をかけている気しかしない」と相談した時、上司はそう答えてくれた。なんとか取り返さなきゃ、巻き返さなきゃ…と思っていた自分にとって、これは目から鱗の言葉だった。そして、後に医師に相談したところ、それこそが自分には大切な心掛けだったということもわかった。

気持ちにアップダウンが起きやすいからこそ、理想よりずっと低くてもいいから安定した結果が出続けることを目指した方が良い。そう心がけられるようになってから、少しずつ色々なことが変わっていった。低くてもいいから安定を目指すことで、少しずつベースを上げていくことができて、人並の仕事ができるようになったと思っている。

「ビハインドロング」というポジション

さて、話をチェン・グァンユウに戻す。

激動の横浜時代を経て、マリーンズに来てからは定着したと言っていいチェンは、何か決定的な長所がある選手ではないし、精神的にはやや頼りない部分もある選手だ。サクサクと抑えられる時は本当に良い選手だが、ピンチには弱い。

ただ、チーム事情で起用方法がどれだけ変わっても、何度2軍に落とされても、腐らないで明るく自分の仕事をやりきるその姿勢こそがチェンの一番のストロングポイントといっていいと思う。そんな明るく前向きな性格もあって、1,2軍を行き来することが多い選手なものの、勝ちパターンでも負けパターンでも、先発でも中継ぎでも、いつでも登板する便利屋左腕としてずっと重宝されてきた。

ただ、2019年は、わずか数試合を除いて、明確に役割が固定されていた。それは、「ビハインド」の場面で投げる「ロングリリーフ」であったこと。ネガティヴに言ってしまえば「敗戦処理投手」と言っても良いと思う。

勿論、ビハインドでも僅差の試合で登板することも多いので、「勝負が決してしまってから投げる」という一般的なイメージの敗戦処理投手とは違うと思う。が、基本的に負けている場面で登板することに変わりはない。

1人の投手に負荷をかけすぎない巧みな運用を見せた吉井理人コーチがチェンをこの役割で起用したことに、正直僕は、いちファンとして不満を覚えた時期もあった。他の中継ぎと比べて、チェンが選手として大きく劣っているとは思えなかった。前のコーチに可愛がられていたのが気に入らないんじゃないか、とか、新しい選手を試して自分の腕をアピールしてみたいだけなんじゃないのか、とか。シーズン序盤は、色々と複雑な思いに駆られた。

だが、2019年に非常にこの「ビハインドのロングリリーフ」という役割が、チェンにはハマった。プレッシャーを考えずに投げられることが良いのか、あまり考えないで長い回投げられるのが良いのか。とにかくチェンは、水を得た魚のように良いピッチングを繰り返した。

シーズン終盤にきて疲労から打ち込まれる場面も増えたものの、登板30試合目の時点では2点台の防御率を記録していた。結局チェンはこの年、キャリアハイとなる44試合に登板し、3.63の防御率をマーク。来日8年目にして、最も活躍するシーズンを送ったと言っていい。

これは、勿論吉井コーチの選手の特性を見た起用法によるものも大きいと思う。ただ、どんな場面かは気にしないというチェンの性格によるものが本当に大きかったと思う。チームが負けている状況でしか登板がなくても、腐ることもなく、自分のペース、自分のピッチングを続けていた。その気持ちの素質が開花したと言っていいシーズンだったと思う。

このチェンの活躍を見ていて、何度も挫折した末に、勝つことや成功にこだわることにやめてやっと、人並に安定できるようになった自分は、自分が間違っていなかったのかもしれないと思って本当に心が救われる思いがした。

敗戦処理投手を応援するということ

話は冒頭に戻る。2019年5月24日、ソフトバンクホークス対千葉ロッテマリーンズ戦の10回表。同点に追いついた直後に3点差と突き放された場面でマウンドへ向かうチェンの姿を見て、僕はやるせなくて仕方がない気持ちになり、タオルを両手で掲げてチェンの名前を連呼していた。

続々と立ち上がり客席へ向かう周囲の客に向かって、みんな今すぐ座ってチェンのマウンドを見ろ!と言いたかった。チェンがまだ投げているのだ。チェンは、皆が試合を諦めて帰路に着く、今、この時から登板するのだ。今日のチェンの仕事は今から始まるのだ、と。だから見ろ、と叫びたかった。

一体チェンがどれほどの苦労を乗り越えてこのマウンドに立っているのか知っているのか。3度の戦力外通告と、トミージョン手術。そんな色々なものを乗り越えて立っている、今日、この日、このマウンド。それを一球も見ることなく帰るのか。悲しくて、腹が立って仕方がなかった。その気持ちもあって、思わず大声がでた。

だが。この日のチェンは、素晴らしく良かった。益田の気持ちを汲むかのように珍しくうつ向いたままマウンドに上がったチェンは、そんな自分の声を汲むかのように(ファンというもの、どうしてもそんな風に思ってしまうのだ、ついつい)、鬼気迫る投球を披露した。さっきまで同点に沸いていた逆が一斉に帰り始めた故に、コンコースへの道は混んでいて、まだ出口にたどり着けないファンもいた。

あっさりと三者凡退に切って取ると、出口に並んでいた何人かのファンが、ちらりほらりと帰ってきた。10回裏も見ていくか。そんなことを口にしながら。

結局、延長に刻まれた3点差は大きかったのか、チェンの好投むなしくこの日の試合は負けてしまうことになる。でも、僕は何人かの客をその好投で呼び戻したチェンの投球が誇らしかった。

完全に傾きかけていた空気の中、本当に一部のファンだったかもしれないが「ひょっとしたらまだいけるかもしれない」と思わせた。それは、まぎれもなく「敗戦処理投手」であるチェンの好投が呼び込んだものだった。

敗戦処理投手を応援するということは、本当に複雑だ。でも、面白い。

勝っていたら、贔屓の選手が見られない。

贔屓の選手が見られるということは、贔屓のチームは負けている。

どう転んでもちょっと得をするというポジティヴな見方もできるけれど、やはり、どうせならば贔屓の選手を見て、贔屓のチームが勝ってほしい。

勿論、年に何回かはそういうこともある。敗戦処理投手が投げた試合で、チームが逆転勝ちをすることが。ただ、そこまで出なくてもいい。結果的に負けてしまったとしても、自分の応援する選手の活躍で、誰かが「ひょっとしたらこの試合、まだいけるかもしれない」と思ってくれるような、そんなピッチングを見せてくれることがある。

それを、挫折につぐ挫折を乗り越えても、まだニコニコと頑張り続けている外国人選手が見せてくれるのだ。こんな痛快なことがあるだろうか。

そして、そこに少しだけ、なかなかうまくいかない自分自身を重ね合わせたっていいじゃないか。

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