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『張山光希は頭が悪い』第1話:特殊な環境

 山の頂上近くの実家から、ふもとの張山はるやま家に預けられて育った、小石川こいしかわかおるは、張山光希みつきから日々慕われまくって暮らしている。
 高校も同じに決められ、薫と全国大会に出たいからと、部活も御詠歌ごえいか部に入らされた。
 家に伝わる舞踊を習得してきた薫と、場の空気に応じた「声」を放てる光希。高校生男子二人の奉詠奉舞は、僧侶たちに高齢の信者たちを悩殺していく。
 しかし全国大会は勝敗を決めるものではなく、特に名誉にならないばかりか、光希は小石川家の婿養子に決まった。
 家の仕来りから薫を解放するためだ。別れの日にも薫は、「頭が悪い」としか思えなかった。

(文字数:約3000文字)


張山光希は頭が悪い

岡埜おかの由木古ゆきこ

第1話 特殊な環境

 僕と同い年だけど、二月生まれで学年は一つ上になる、張山はるやま光希みつきは頭が悪い。
 小学生の時から同級生にも先生たちにもバカにされているのに、光希のパパはテストの答案とか通知表を見せられても、ひと通り見渡したら微笑んで、
「うん。上出来!」
 で済ませてしまう。
「えへ」
 って光希は顔いっぱいで喜んで、本当に誉められたとしか思っていない。
「学校は、楽しい?」
「たのしい! あと、いろいろあって、おもしろい!」
「そう。それが何より」
 頭を撫でられてえへえへ笑いながら、光希のママの方にも走って行く。僕より一学年上なのに、落ち着きが無くってちっとも上級生って気がしない。
「ボク、ほめられた」
「そう。よかったね」
 って光希のママも、パパが言ってくる事そのまんまだ。
かおる
 呼ばれて振り向いたら、ソファーに深く座り込んで僕の答案用紙を眺めていた、光希のパパの、黒ブチのメガネ越しに見える目がちょっと冷たかった。
「手を抜いた?」
「抜いてないよ!」
 ムッとして言い返したけど、
「本当? 薫だったら、もっと出来たと思うよ?」
 ってすぐに納得して終わらせてくれない。
「なんでいっつも僕ばっかり責めるわけ? 光希なんか、もっと色々何にも出来ないのに!」
「あのね」
 答案用紙を僕に返す流れで、身を起こして顔も目の前に近寄せて来る。
「光希は、関係無いんだよ。僕は子供たちそれぞれが、自分に出来る事やりたい事を、出来る限りやろうとしてくれるかどうかを、気にしてるから」
「光希に何が出来るんだよ! 頭悪いくせに体育だって出来ないし、絵描かせたらヘッタクソだし!」
「光希は、関係無いと言いました」
 声色まで、冷たくなってゾクッとした。光希のパパは、本っ当に心から怒ると怒鳴るんじゃなくて、人の感情なんか無くしたみたいな敬語になる。
「いいですか。ヒトにはそれぞれ頑張れば出来る事と、頑張ったって出来ない事と、頑張ろうが頑張るまいが出来てしまって望みもしないのにどんどん先に進んでしまえる事が、あります」
 怒鳴られたり殴られたり、ってのが、他所ではよく問題になるみたいだけど、冷静に敬語で話され続けるのも、やられる側としてはものすごく怖い。
「光希は学校での勉強に向いていないだけです。頭が悪いわけじゃありません。薫は今、光希にひどい言い方をしました。謝って下さい」
 本当に僕の事、嫌いになっちゃったんだ、とか、僕が悪い事をしたらいつだって、嫌いになっちゃえるんだ、って感じがして、
「謝るまで僕は許しません」
 う、って声が出たと同時に目からは涙がこぼれてくる。
「……ごめんなさい」
 そしたらにっこり笑顔になって、
「うん。薫は良い子」
 って頭も撫でてもらえるんだけど、これだって結構ひどいっていうか、光希のパパの好きなように操られてる感じ。
「だけど。だけど、なんだけどさ」
 うん、って引き出したティッシュを渡してくれたからまずは涙を拭いた。 
「光希。僕の学年でもその、ウワサになってて、だから、下級生からもクスクス笑われてんだよ?」
「うん。そりゃちょっとはバカにされると思うけど、光希本人が気にしていないみたいだし、大丈夫かなって」
 自分の息子にだけ、ってか自分の息子だからだよね。すごく甘い。
「行ける高校とか無いんじゃない? 中学までは義務教育だから、いいだろうけど」
「そうかな。あると思うよ。僕は」
 父親として認めたくないのは分かるけど、って僕は呆れ気味でいたんだけど。

 あった。
「うわーい! 薫! 薫、いたー」
 って家に帰って来るなりダイニングにいた僕まで駆け寄って来て、叩き合わせて欲しいみたいに両手を広げて向けてくる。身長同じくらいだし、ほとんど習慣になっていて僕も合わせちゃうけど。
 パチン!
 って嬉しそうな音が鳴る。
「ごうかく、したよー! ボクすごーい。こうこうせいだよ、こうこうせい」
 いつまで経ってもほとんどの言葉ひらがなでしゃべってるみたいに聞こえるよなコイツ。
「おめでとう。ってか、よく受かったよな本当に」
「えとね。リッパそうな大人の人何人かと、楽しくおしゃべりしてたら『入っていいよ』って」
 OA入試かよ。
「すっごくニコニコされた」
「そりゃ良かったな」
 どんだけの裏金積んだんだって、思いそうになるけど、毎日暮らしててこの家そこまで金持ちそうな感じもしないのに。
「光希。帰ったらまずやる事は?」
「あ。はーい!」
 って入って来た時と同じ勢いで、ダイニングを出て行く。相変わらずいくつになっても落ち着きが無い。
「薫」
 入れ替わりに入って来た光希のパパが、テーブルの椅子を引いたから、僕に話があるんだなって気が付いた。近くの椅子も引き出して、パパも間近に座って来る。
 黒ブチメガネの向こう側の目は、糸みたいに細めて微笑んでいるけど、
「先に、謝っとくね。ごめん。薫も来年光希と同じ高校に、行って欲しいんだ」
「はぁぁ?」
 僕はこのところ脊髄反射みたいに、まずは逆らってしまう。
「イ……、イヤだよ僕! どうして高校まで、光希のお守りして回らなきゃならないんだって!」
「うん。気持ちは分かるんだけどその、僕だけの、希望でもなくて」
 光希のパパが困った感じになる時は、いつもアッチだ。
「先に、伝えておくね。光希が今日会った面接官の一人は、薫のお父さん」
 僕が元々生まれた家は、この山の頂上近くにあって、町から遠くて不便だし、小学校もとっくの昔に廃校だからって、子供の頃から僕は、一年のうちほとんどをふもとの張山の家に預けられて育った。 
「道理で光希が入学できたわけだよ」
「そこは、光希の実力だと思うんだけどね」
 甘い。甘すぎるんだよパパは。自分の息子にだけ。自分の息子だからか。
「お父さんの前で、手を抜いた試験も、恥ずかしい応対もしたくないでしょ? だから」
 そして僕にばかり容赦無く厳しい、って言いたいところだけど、
「頑張らなくていいよ。薫には、逃げられない事だから」
 他所の子供を、もっと小さな頃から引き取って、自分の子供と一緒に育てて、ずっと気を使ってくれている事くらい、僕だって中三にもなるんだから分かっている。
「だけど、ごめんね。高校を卒業するまでは、出来るなら、耐えられるだけ飲み込んで」


全28話:
 第2話:https://note.com/henko_3in0/n/nfc1d055d135e
 第3話:https://note.com/henko_3in0/n/n6be3b31c3d78
 第4話:https://note.com/henko_3in0/n/nf4ef39a5fe8d
 第5話:https://note.com/henko_3in0/n/nccec66267289
 第6話:https://note.com/henko_3in0/n/n8fb5b1150377
 第7話:
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