夢の話

働き始めてから、夢を見ることが少なくなったと感じていた。
でも夢って、何日か経ってから「そういえばこんなの見たな」って思い出すことがある。
ある時から、働いていて「あれ、大きめのクレームがなかったことになってる」とか「終わらせたはずの仕事が終わってない」という記憶の齟齬が生まれ始めた。それで、実はちゃんと夢を見ていたと分かったのだ。夢の中でも働いていたのだ。現実味がありすぎて、夢の持つ独特な雰囲気を感じられないことが、最近夢を見ていないと思い込んでいた原因だったと気がついたのだ。

かつての私は脳内お花畑だったので、本当に自由な夢を見ていた。
全盛期は中学生の頃だろう。空を飛んだり魔法を使ったり。当時は星を見るのがマイブームだったので、満天の星空の中を飛び回るような夢をほぼ毎日見ていた。
あんまり素晴らしい夢を見るので、夢日記をつけ始めた。日記に記していたら夢の出来事を忘れられず、次第に現実とごちゃ混ぜになっていった。ついに記憶が混乱してきたので、夢日記をそっと辞めた。
あとで高校の友達に教えてもらったが、夢日記をつけるのは脳の混乱を招くので危険とも言われているらしい。

こういう習慣があったのを脳が覚えているのか、未だに明晰夢を見ることが多い。
いつも夢の中で、これは夢だと理解している自分がいて、どんな悪夢を見ようが好き勝手自由な結末にしてしまうのだ。
うなされることがないので羨ましいと言われるが、これはこれで歯がゆいものがある。
操作せずとも幸せな夢を見てみたいというのが実のところである。

しかしずっと謎なのが、何故空を飛ぶ夢を見ることができるのかということである。
私の夢は、自分が経験したことのあることで構成されている。
夢の中でしか行けない土地や架空の人はたくさん存在するが、感覚が伴う「行為」に関しては現実で遭遇した体験がないと夢には出てこない(魔法を使うのはまた別だ。「杖を振る」という行為ができればあとは想像力で補えるので)。
なので、空を飛んだことなどないのに、リアルな感覚がもたらされるのがいつも不思議なのだ。
夢で知らない人に抱かれているはずなのに、彼氏のそれと全く同じ心地でいたことがある。体は彼氏の感覚しか知らないために、夢では他人を再現できなかったのだ。私の夢は支離滅裂で素敵だが、感覚に関してはそのくらいレベルが低い。

前世で空を飛んでいたのだろうか。ジェットコースターの体験を基に、飛んでいる感覚を再現しているのだろうか。それにしても、ゆったりと浮遊したり中空で静止する感覚は本当にリアルなのだ。そして手足は、ジェットコースターのように固定されて座っているのではなく、自由な方向に伸び伸びとしていられる。
夢について考え始めると限がない。それが夢が夢たる所以なのだろうが。

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