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パリ軟禁日記 42日目 春の雨に僕は髪を切った。

2020/4/27(月)
昼過ぎから滝のような雨が降り注ぐ天気だった。 空には少し晴れ間が見えつつも、半刻ほどだろうか、容赦なく大粒の雨が降りつけた。みぞれも少し混じっていた。雨が止んだ後、開けっ放しの窓からは濡れた街の雨の匂いがした。久方ぶりのこの匂いが懐かしくて、少し心が落ち着いた。

Le mariage des renards – キツネの嫁入りという単語をフランス語にするとこうなるだろうか。なんだか香水のような名前だ。もしそんなものがあるとしたら、雨後の街や草木の匂いを連想させるものなのかもしれない。

さて、注文したバリカンが届いた。そう、ついに髪を切る時がやってきたのだ。

ロックダウンが始まってから理髪店・美容院も閉店してしまっていて、僕を含む多くの人が困っている。命に関わることではないとは言え、ことあるごとに耳まわりをサワサワと撫でる伸びた髪の毛はストレス以外の何者でもなかった。バリカンの値段は安いもので、インターネットで調べると30ユーロ代のものからあった。散髪2回分でもとが取れる計算だ。理髪店の再開がいつになるとも知れない状況を考えると「買い」の一手だった。

ひと思いに丸坊主でもよかったのだけれども、せっかくの機会なので、これまでやったことのない髪型を周り道しながら短くしていくことにした。失敗したら切ればいい、というのは気持ち的に楽だし、そもそも人と会わないので人目を気にする必要もなかった。今日びインターネットにはバリカンの使い方だけでも数多くのチュートリアル動画があった。世の中の多くの人が自分で髪を切っていることを知った。

自分で鏡を見ながらやるのは難しかったので妻にやってもらった。耳まわりと襟足から後頭部にかけて、慎重に10ミリからバリカンを髪に入れていく。慣れてきたら少しずつ、大胆に。8ミリ、6ミリと短めのアタッチメントに調整していく。30分くらいだろうか。ツーブロックが完成した。なんだか悪くない。むしろ良い。妻すごい。

いくつかの動画を見たところ、自分で髪を切る多くの人が、それによって節約されるお金の素晴らしさを説いていた。確かにその通りだと思う一方で、僕はいつも行く床屋のムッシュは何をしているだろうか、と思った。常連客とはラグビーの話題で盛り上がり、小さい子どもには飴玉のサービスを忘れない良いおじさん。

ムッシュは僕の決して上手くないフランス語にも付き合っていつも会話をしてくれる。いつだったか、仕事前に朝早起きしてパリの街を走るのが日課なんだ、と言っていた。外出禁止の今でもランニングは続いているだろうか。

しばらくの間はこのバリカンにお世話になるかもしれないけれども、ムッシュの店が再開したら、また行こうと思った。髪を切るだけではない、なんだか愛おしい時間があの場所にはあるのだ。

月並みだけれど、髪が軽くなり心も軽くなった気がした。

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