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パリ軟禁日記 51日目 川に暮らす人たち

2020/5/6(水)
 セーヌ川に暮らす人がいる。川沿いの眺めのいい部屋で、という意味ではない。文字通り、川に船を浮かべて暮らしている人たちがいる。

 今日は数日ぶりの快晴だった。ランニングの途中、侵入禁止のテープが風で飛ばされた箇所から、セーヌ川に降りて行った。ふと左手を見ると、日本の集合住宅で見かけるような郵便受けが置いてある。嗚呼、そうか。ここにも人が住んでいる。人影は見えなかったけれども、彼らの住居は眼前の川上にゆっくり揺れていた。

 彼らが住む船はペニッシュと呼ばれる。フランス水路管理庁VNF(Voies Navigables de France)から許可を得た区画にのみ、停泊することができるそうで、数年前のデータだと300隻以上が認可待ちになっているそうだ。多くの人が静かな水上生活を夢見ている。

 水や電気はどうするのだろう?聞くところによると、一般道から遠くなければ引くことができるそうだ。もしくは発電機またはソーラーパネルで自家発電。水は川の水を浄水装置でキレイにしてから使うのだとか。

 パリジャン紙によると、船は小さめの安いもので3万ユーロ(約360万円)から大きめのもので50万ユーロ(約6000万円)。パリ市内で不動産を買うのを考えると安いのかもしれないけれど、月々の停泊代(場所にもよるけれど10万円前後)を考えると、庶民ではとても手が届きそうにない「家」だ。

 ベトナムやカンボジアで見たのとは正反対な水上生活だ。メコン川とセーヌ川の性格が違うように、全然ちがう。仕方がなくそこに住まざるをえない人がいる一方で、高いお金を払って面倒な手続きをやってでもそこに住みたい人がいる。船上の暮らしがステータス!という価値観はどこから来たのだろうか。雨の日で川が増水したら揺れもひどいだろうし、船の整備で苦労も多いだろう。敢えてそうする、というのが贅沢なのかもしれないけれども。

 橋の下ー僕がいつも縄跳びしたりトレーニングをするところーに今日は先客がいた。この近辺でよく見るホームレスのおじさんだった。壁際に置かれている、どこかの椅子の中から取ってきたようなスポンジのシートはおじさんの場所だったのか。合点がいった。考えてみれば、こないだまであったウイスキーの空瓶がなくなっていたり、どこか人の気配がする場所だった。

 毎日、毎日、おじさんもこの川を眺めているのだろう。
 ペニッシュに住む人たちがそうであるように。

 この外出禁止の間、近くに住むホームレスの人と挨拶をするようになったという知り合いがいる。ある日、ホームレスのおじさんは彼女にこう言ったそうだ。

「外出禁止はホントつらいね〜。」

あまりに高度すぎる冗談に反応ができなかったという。
苦境でもユーモアを忘れない精神、見習いたい。


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