バスジャック犯、岡本のリュックサックからは、爆弾ではなく葉っぱの詰まったジップロックが散乱した。おそらく脱法ドラッグだろう。

　それを見下ろす岡本が大いに落胆するのを見て、俺はどういうことかと首を傾げる。

　バスに乗り込んで来た時、岡本は俺が滑川なる悪党の手下なのではないか、と心配していた。

「いっつもこうだ、チクショウ。オレは肝心な時にやらかす」

　バスジャック犯の、弱々しい声が漏れ聞こえる。
　もしかして、と俺は想像を巡らせ、口を開いた。

「もしかして、取引の横取りをしたんですか？」

　目出し帽の間から覗く瞳が俺を見据える。わずかに潤んでいて、あぁその通りなのだな、と予想が確信に変わった。

「脱法ドラッグの取引があって、現金を奪うはずが、間違ってドラッグの方を奪って来ちゃったんですね」
「ちゃった、とか言うんじゃねえよ。恥ずかしくなるから」と岡本が弱々しく漏らす。

　手術代金を、違法な取引から強奪した……そう思っていたのに、奪うものを間違えてしまったようだ。一世一代の行動で、まさかの失態を犯した、恥ずかしくなるだろう、と同情してしまいそうになった。

　だが、待てよ、と俺はここで自分の考えに立ち返る。
　色々な歯車が噛み合っていない。

「あのすいません、私たちだけでも、降りていいって約束でしたよね？」
　町山が食い下がると、岡本は面倒臭そうに「おい、運転手、適当な場所で止めてやってくれ」と声をあげた。

　バスの窓から外を見れば、元町や中華街をいつの間にか通り過ぎ、山手ゾーンに入り、港の見える丘公園前を抜けたあたりだった。

「あのすいません」

　俺が声をかけると、バスジャック犯が「お前もかよ」と舌打ちをした。

「お前も金があるから降ろせってか？」
「いや、あなたは自爆テロをして、その保険金で妹さんの手術費用を払おうと考えていたんじゃないんですか？」
「自爆テロ？」
「そうです、ニューヨークであったみたいな」
「俺が？」
「あなた以外に誰が？」

　問い詰めると、彼は首を横に振った。

「あのなあ、生命保険に入るのにも金がいるし、そんな金も俺は持ってないんだよ。それに、工業高校で旋盤はやったけど、爆弾の作り方なんて習ってないっつうの。自慢じゃないけど成績も悪かったしよ」

　その発言は衝撃的だった。俺は、大きな勘違いをしていたことになる。
　バスジャックを解決すれば、バスは爆発せずに済むのではないか？　と考えていた。

　だけど、違った。

　バスジャック犯と爆弾テロ犯は、別にいる。

「そうならそうと、教えておいてくれよぉ」と思わず弱音がこぼれた。
「お前に工業高校でなにを習ったのかなんて、なんで教えないといけないんだよ」と岡本が口を尖らせる。

『バスが停車いたします』

　アナウンスがかかり、いつの間にか、バスが歩道によっていく。

「ちょっと待ってくれ！　バスを止めないでくれ！」
「おいおい、お前どうしたんだよ」
「やっぱり、不公平じゃないか。金持ちだけ助かるっていうのは、許せない」
「お前が言い始めたことじゃねえか。意見をころころ変えるんじゃねえよ」

　バスジャック犯が呆れた様子で、正論をぶつけてくる。だったら、あなたはバスジャックをしないで下さいよ、と文句をぶつけたくなった。

『どうしますか？　停めるんですか？　停めないんですか？』
「いいから停めてくれ。こいつも人質になって、おかしくなっちまったみたいだ」

　そりゃ、七回も人質をやっていれば、おかしくもなるさ、と思ったが飲み込む。
　このままだと、二人がバスを降りようとして、またバスが爆発してしまう。

　咲子さんと目が合う。
　俺のことを心配し、大人しくしていなよ、と視線で訴えて来ている。だけど、このままだとみんなまた死んでしまうんだ、と視線で訴え返すが届く気配はない。
　バスは方向指示器を出すと、ゆっくりと歩道に向かって幅を寄せ、停車した。

「幸せになれよ」

　岡本が声をかけると、菜々子嬢と町山がぺこりと俺たちに頭を下げて、バスから降りようと後部のドアの前に立ち、開いたドアから足を踏み出した。
　立花が勢いよく飛びかかる。すると今度は町山と立花がもみ合いを始めた。

「おいおい、なにが起こったんだよ」
「飛びかかったのは城ヶ崎家に雇われた探偵で、逃さないようにしているんですよ」
「マジか。っていうか、色々知ってるお前は何者なんだよ？」
「俺は、ただの会社員ですよ」

　俺が答えるや否や、轟音と共にバスが炎に包まれる。

　バスはまた爆発した。

＝＝＝＝＝つづく
第12話はここまで！
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