爆破ジャックと平凡ループ_5

如月新一「爆破ジャックと平凡ループ」#8-5周目 元警官は目元を覚えて邪魔をする

 俺は四回、同じバスに乗った。四回バスジャックに遭い、四回死んだ。

 時を繰り返して四回も死ねば、少しずつ慣れてきて、考えをまとめられるようになった。慣れとは恐ろしい。

 そこで得た情報は、俺を振った恋人が乗っていること、バスジャック犯人が次のバス停で乗って来ること、駆け落ち中のお嬢様とガタイの良い男が乗っていること、探偵と警察関係者が乗っていること、だ。

 警察が乗っている、という情報は大きい気がする。警察が乗っているのだから、犯行を続けても無駄ですよ、という抑止力にすることはできないだろうか。

 いや、審判から「それ反則」と注意されて大人しくプレーを止める選手のように、犯人がいう通りにバスジャックをやめてくれるとは考えにくい。

 だが、俺にできることはまだあるはずだ。

 営業スキル、根回しを今度は運転手に行うことにする。

 バスに乗り込み、運転手に「すいません、港の見える丘公園前の交差点で、急ブレーキを踏んでくれませんか?」と頼んでみる。

「はあ? お前さん、なにを急に」

 運転手が、怪訝な顔で俺を見た。

「すぐにわかるから」

 そう言って、今度は、と視線を泳がせながら歩く。

「すいません!」

 菜々子嬢に、コーヒーをスーツの裾にひっかけられてしまった。わかっているのに、なんで俺は忘れてしまうのだろうか、と自分のタスク処理能力の低さに肩を落とす。

 が、止まってはいられない。軽く「いいですよ」と返事をし、町山に視線を移す。

「その代わりに、港の見える丘公園前の交差点で急ブレーキが踏まれたら、犯人を取り押さえるのに協力してください」

 町山がきょとんとしているが、説明を重ねる暇はない。
 次は、警察である老人、四方山だ。彼は、菜々子嬢たちの反対側のシルバーシートに一人で座っていた。

 四方山は俺が隣に座ると、意外そうな顔をした。空いている中で、自分の隣に座ることに驚いているようにも見えるし、シルバーシートに若者が座ることに、少し不快感を抱いているようにも見えた。

「あの、すいません」と、相手に警戒させないように、と意識しながら話しかける。

「なんですか?」
「警察の方ですよね」
「何故そのことを?」

 良い言い訳が思いうかばず、「雰囲気でなんとなく」とお茶を濁し、時間がないから本題に移る。

「警察だったけど、もう引退した身だよ。先週のことだ」
「そうだったんですか? なのに手錠を持ち歩いているんですか?」
「民間人でも逮捕はできる。が、これは家に持って来たままだったから返しに行くところなんだ。……お前さん、なんでそのことを知ってるんだ?」
「あ、いえ」

 しまった余計なことを言ってしまった、と内心で舌を打ちながら、話を切り替える。

「これから、ある事件の犯人が乗ってきます。港の見える丘公園前の交差点で急ブレーキが踏まれると思うので、犯人の隙をついて、逮捕してくれませんか?」
「君はなにを言っているんだね」
「市民からの通報ですよ。詳しいことは後で話しますから」

 ちょっと待ちなさい、という声を無視して、今度は咲子さんの隣に移動する。
 咲子さんがおや、と眉を上げる。

「森田くんじゃん、久しぶり。何年振り?」
「五年振りだよ。なあ、そんなことより、ちょっと来て」

 咲子さんの腕を掴み、最後部の座席へ移動する。ついでに、隅っこの男に「スマホの操作に気をつけて」と教えた。怪訝な顔をする二人を残して、立ち上がる。

 後部ドアの前に陣取り、やって来る犯人を待つ。
 非力なので、俺が彼を突き飛ばしたり、倒すことはできない。

 五周目の作戦はこうだ。

 すぐに犯人を取り押さえても、ダメだった。
 犯人も取り押さえたいが、犯人からの情報を得ることも目的にしたい。
 契約を成立させるために、相手の情報を得ることは基本の一つだろう。話をすれば、彼の要求がなにか掴めるかもしれない。

 例えば、犯人はお金が必要だと言っていたし、警察から追われていると知って逃げようとしていた。

 彼の目的がわかれば、一時的に協力することで解放されるかもしれない。
 それに根回しをしたから、解決できなければ、急ブレーキが踏まれて犯人は逮捕されるだろう。今度はさっきと同じ轍を踏まないよう、犯人がどこに起爆装置を持っているのかすぐに調べよう。

 こんな風に頭の中でなにをするか整理していると、ずいぶん冷静にこなしているように思えるかもしれないが、実は心臓がバクンバクンと跳ねまくっている。

 俺はただの会社員なのに、なんでこんなに必死になっているのだろう。賞与査定に影響が出るわけでもないのに。犯人逮捕に協力したら会社から表彰されるかな? と脳裏によぎったが、あの会社に限って、ないな、とかぶりを振った。

『次は日本大通り、日本大通りでございます』

 アナウンスがかかり、バスがゆっくり歩道に寄っていく。
 ここまでは、成功した。
 ここからが、スタートだ。
 いよいよだぞと思い、ごくりと生唾を飲み込む。

「ちょっと君、さっきの話はどういうことだね?」

 振り返ると、そこには四方山が立っていた。カーキのパンツに黒いダウンジャケットを着た、白髪のどこにでもいそうな老人だ。
 だけど、俺を見る目つきが鋭く、視線を外すことができない。

「犯人とは? なにかしようとしているのか?」
「いや、俺じゃなくてですね、これから爆弾テロ犯が乗ってくるんですよ」
「なんでテロ犯が乗ってくると知っているんだ?」

 同じ時間を繰り返し、何度もこのバスに乗り込んでいるからですよ、と言っても、なんでだ? と訊ね返されるだろう。そんなのは、こっちが聞きたいくらいだ。

「怪しいな」
「俺が?」
「俺は、相手の目を見れば、そいつが隠し事をしているかどうかわかるんだ。だてに刑事生活を三十年以上やっていたわけじゃないからな」
「だったら、俺のことを信頼してくださいよ。善良な市民ですよ」
「いや、なにかお前は怪しい。詳しく話を聞かせてもらうぞ」

 いつの間にかバスが『日本大通り』停留所に到着し、ぷしゅーっと音をあげながら、扉が開いた。

 目出し帽を被った犯人が飛び込んで来る。ほら、こっちの方が怪しいですよ、と思ったが、四方山は俺に標準を定めていたので、犯人に対して行動を起こさなかった。

 犯人が素早く俺の背後に回り込み、ナイフを首に突きつけ、俺は大人しく両手を挙げる。

「乗り込んだらこいつを殺す。おい! 運転手! 早くバスを出せ!」

 視線を移す。

 外にはスーツ姿の男が二人、こちらを見て、どうしたものかと考えあぐねている。バスジャック犯を追ってきた様子だ。「おい、あいつ」「もしかして、岡本《おかもと》じゃないか?」という声が聞こえた。

 バスが扉を閉め、急発進する。転ばないよう踏ん張りながら、「ほら、言った通りじゃないですか!」と四方山に文句を飛ばすが、四方山も虚をつかれた様子で、口をパクパクとさせているだけだった。

 運転手の隣に二人でゆっくり移動する。ループをするとわかっていても、死ぬのは怖い。いや、それにループなんていうこと自体、理屈がおかしいわけだから、また繰り返すとは限らない。

 俺は一度一度を、自棄にならないで一生懸命こなそうと努力する。

「お前ら、ぐるか?」

 四方山が、俺たちに訊ねてくる。事情を知らない犯人が、「は?」と訊ね返した。

「岡本さん、あの人は元警察なんですよ」
「んだよ、マジかよ」

 犯人が、大きく舌打ちをする。その直後、

「つうかお前、なんで俺の名前知ってんだよ」

 と訊ねてきた。

「さっき、バスの外にいた連中が話をしていたのが聞こえて」
「やっぱり、あれは空耳じゃなかったか。バレてんのかよ、最悪じゃねえか」

 どうやら、犯人の名前は岡本というらしい。
 相手の情報がどんどんわかっていく。これから、どう交渉をしようか、と考えていたら、四方山が、時代劇に出てくる重鎮のような口ぶりで、「いいか」と口を開いた。

「指名手配犯ってのはな、駅に張ってある奴らだけじゃない。おれは指名手配犯を専門に追っている、『見当たり』っちゅう部署にいた」
「それはそれは、ご苦労様ですって言えばいいのか?」
「膨大な数の指名手配犯のどこを見て覚えるか教えてやろうか?」

 いいえ、結構です、と言っても教えてくれるのだろう。四方山は自分の目を指差す。

「目と目元だよ。髪型を変えても、整形をしても、俺は目を見て犯人を覚えて、五十人以上逮捕した。お前さんが目出し帽をかぶっていても、俺はお前の目を覚えたから、絶対に逃がさないぞ」
「だから?」
「だから、無駄な抵抗はやめようって話だ。誰も死傷者が出ずに、平和に事件が解決される、これが理想じゃないか」

 確かに、その件について異論はない。
 だが、と岡本をちらりと一瞥する。

「俺が逮捕されちまうじゃねえかよ!」

 そのことに関しては、どうなのか? と視線を四方山に移すと、四方山は言葉に詰まっていた。おいおい、つづきはないのかよ、と俺は肩透かしを食らう。

 見当たりの部署にいた、ということは立派なことだと思う。たくさんの犯罪者を逮捕してきたことも、立派なことだと思う。だけど、彼は交渉には向いていないようだった。

 つまり、どういうことか。
 膠着状態のまま、バスは桜木町駅前に到着してしまった。

 バスはまた爆発した。

=====つづく
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