爆破ジャックと平凡ループ_12

如月新一「爆破ジャックと平凡ループ」#20-12周目 ただの釣り人じゃないでしょう?

「おい釣りバカ、お前こっちに来いよ!」

 バスジャック犯が、クラスでひとりぼっちの生徒に声をかけるみたいに、釣り人に声をかけた。いや、釣り人の格好をしているだけで、本業は別にあるということを俺は知っている。

 釣り人は、自分が指名されているとは気づいていない様子で窓の外を眺めている。さすがに、自分は無関係だと思っているだろうし、このままバスジャックが解決されないと、クーラーボックスの中に死体が入っていることがバレてしまうのではないか? と考えを巡らせているのだろう。

「釣り人さん! あなたですよ!」

 俺が声をかけると、釣り人が自分が釣り人であったことを思い出すように自分の格好を見てから、俺か? と自身を指差した。

 首肯し、手招きをする。
 チーム集合で、作戦会議だ。

 釣り人は、しぶしぶといった様子で立ち上がると、こちらにゆっくりとした足取りでやってきた。線が細く、腕と足が長い、顔色の悪い男だ。俺の首元にはナイフが突き立てられているのに、そのままにゅっと腕が伸び、俺の首を締めてくるのではないか、と身構えてしまう。

「俺に一体、なんの用だ?」
「ただの釣り人じゃないでしょう?」
「ただの釣り人にしか見えないだろ」
「釣竿がないのはなんでなんですか?」
「お前はなんなんだ? 釣りの指南がしたくて俺を呼んだのか?」

 違います、と首を振る。囁くような声で、俺は釣り人に呼びかける。

「クーラーボックスの中身を知っています」

 それまで無表情だった、釣り人の眉がぴくりと動いたのがわかった。

「産地直送の鮮魚、じゃないですよね?」
「だったらなんだっていうんだ?」
「男の死体です」
「おいおい、マジかよ」

 バスジャック犯が、俺と釣り人の顔を交互に見る。「っていうか、なんでお前そんなこと知ってるんだよ」と訊ねてくるが、ここで繰り返し現象を説明しても、信じてもらえないし、時間が勿体無いので「ある筋の情報で知りました」と説明を省くことにする。

「それで、お前は俺をゆすろうっていうのか? 人質になりながら、ゆすりもするなんて大胆な奴だな」
「いいえ、そうじゃありません。取引をしませんか?」
「取引?」

「そうです」と頷き、バスジャック犯のリュックの中身を釣り人に見せる。釣り人は中を覗き込むと、「薬か」とつぶやいた。
「ああ、そうだ。脱法ドラッグってやつだな。なあ釣りバカ、まだ規制される前の代物だから、こんだけの量があれば高値で売り捌けるはずだ」
「その釣りバカ、と呼ぶのをやめろ。腹が立つ」
「じゃあ、なんと呼べば」

 男は、どうしたものか、と悩んだ様子で「叶《かのう》でいい」、と口にした。偽名かもしれないが、とりあえず釣りバカよりはましだろう。

「叶さん、クーラーボックスの死体のことは黙っておきます。その代わりに、この薬を買ってもらえませんか?」
「やっぱりゆすりじゃないか」

 叶が不愉快そうに顔をしかめる。

「最悪、買ってもらわなくてもいいんで。捌けるルートがあれば、そこに回してくれませんかね? 売上も彼と分けてもらえれば、それでもいいんで。この人の妹さんの手術代を稼がないといけないんです」

 自分の口からどんどん物騒な言葉が飛び出てきて、バクンバクンと心臓が跳ね回っている。対して、俺や岡本とは格が違う様子で、叶はふーっと息を吐き出して、俺と岡本の顔を交互に見てから、「やめておけ」と呟いた。

「お前はどう見ても善人だし、お前はどう見ても小悪党だ」

 俺と岡本を見て、釣り人はそう言った。

「ドラッグを捌くルートを知ってることは知っている。それに関わる仕事をすることもある。だけど、お前が持ってるそのドラッグで、どれだけの人が苦しむことになるか、想像できるか?」

 叶に訊ねられ、岡本が返答に窮する。目先の金のこと、妹の手術代のことで頭がいっぱいで、そこまで考えてはいなかったのだろう。俺もそうだ。

「脱法ドラッグだからって言って、軽はずみにお前の妹と同じくらいの年のガキが使って、ハマって金を払うために援交したりするようになって、身も心もボロボロになってもいいっていうのか? 一人じゃない。大勢の人間がそうなる。それでも構わないって言うなら、考えてやる」

 どうなのか、とちらりと一瞥すると、血走った目をしていた彼も落ち着いた様子で、伏し目になっていた。

「悪いことは言わない。やめておけ」

 そう言って立ち去ろうとする叶に、「すいません」と声をかける。
 叶が、面倒臭そうに、向き直る。

「クーラーボックスの中にあるのは、死体だけですよね?」
「そうだが?」
「爆弾は入ってないですよね?」
「爆弾?」

 はい、爆弾です、と頷く。

「それも、ある筋からの情報か? 筋だらけじゃないか」
「このバスには、爆弾が仕掛けられている、という情報も掴んでいるんですけど、なにか知らないですか?」
「オレンジジュースとガソリンでナパーム弾を作れる、という話を聞いたことがある」
「本当ですか?」
「本気をだせば、家庭にあるもので、誰でも爆弾を作れるらしいぞ」

 そう言ってから叶は「これは映画の受け売りだがな」と付け足した。が、そこで、急に顎に手をやり、固まった。

「もしかしたら、狙われているのは俺なのかもしれない」
「どういうことですか?」
「俺はある男の死体を処理するよう、頼まれていた。俺がタクシーが嫌いなことを知っているから、バスに乗るとわかっていただろう」
「タクシーが嫌いなんですか?」
「俺はなぜか、毎回話しかけられるんだ。こんなに人相が悪いというのに。鬱陶しくて仕方がない」

 確かに、話しかけたくなる顔をしていないが、不思議ですね、と相槌を打つ。

「話を戻すが、雇い人が死体の処理を俺ごとやっちまおうと思っていたら、あらかじめこのバスに爆弾をしかけていてもおかしくはない」
「おかしくはないんですか?」
「裏切りがあってもおかしくはない業界だからな」

 叶は冷静にそう言うと、お尻のポケットから財布を取り出し、カードを数枚抜き出すと、財布を岡本に差し出した。

「中を数えてみろ」

 促され、岡本がナイフを俺に向けながら、中を数える。

「二十は入ってるだろう。クレジットカードも使っていいカードだ。それで、そこそこの稼ぎにはなったはずだ。だから、俺を降ろせ」

 岡本が、どうするよ? と確認を取るように俺を見た。
 そりゃあ、あなたが決めることでしょうに、と思ったが、一人降ろす前例ができれば、他の人、咲子さんを降ろすこともできるのではないか? と考え、俺は「いいんじゃないですか」と返した。

「契約成立だな」

 叶が停車ボタンを押した。ピンポーンと音がなる。

「運転手! バスを止めてくれ!」

 岡本が声をかけると、ウィンカーとハザードのなる音が聞こえた。
 叶が窓から外を見て、「やっぱりだ」と声をあげた。なにがやっぱりなのか? と二人で移動する。

「窓の外、給油口のあたりを見ろ」

 指摘され、半ば窓に張り付くような形で、窓の外を確認する。すると、給油口の辺りに黒いブロックのようなものが張り付いていた。

「あそこで爆発すれば、ガソリンに引火して、大爆発するだろう」

 バスがゆっくりと停車し、ドアを開ける。どおりで車内に爆弾がないわけだ、と納得する。

「でも、これから俺たちはどうすればいいんですか?」
「そんなことは、俺の担当範囲外だ」

 そう言いながら叶はクーラーボックスを取りに行き、戻ってくると、「お前たちもさっさと降りた方がいいぞ」とだけ言って、外に出ようと足を踏み出した。

 その瞬間だった。
 爆弾が爆発するのを目撃し、バスが炎に包まれる。

 バスはまた爆発した。

=====つづく
第20話はここまで!
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