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5. 怪人ナメクジ男

こんな都市伝説を聞いたことがあるだろうか。
月明かりも雲に覆われ真っ暗闇の道中、一人で歩いていると、突然後ろから声をかけられるのだ。
「ねえ、僕の姿はどんな具合だい?」
振り向いて見てみると、そこには、ドロドロの粘液を身に纏い、のっぺりと進み寄ってくる巨大な人面ナメクジがいるのだ。
「ねぇ、ねぇったら、僕の姿はどんな具合だい?」
このお決まりの展開は、下手な答えかたをすると口裂け女の場合と同じ結末を迎えることになるだろう。
口裂け女には、ポマードで対処可能だが、ナメクジ男の場合はなにか分かるだろうか。
塩と思った読者は、きっと学校では優等生タイプであろう。
砂糖と思った読者は、きっとあまりナメクジに興味が無いのだろう。
蛇と思った読者は、『ハリーポッター』の見過ぎである。
ちなみに僕は、こう思った。
「女の子だ。」とね。

小学2年生の頃の話をしようと思う。
当時の僕は、人見知りで(今はかなりマシになっている。)休み時間になっても、クラスメイトと遊ぶことがあまりなかった。
クラスの男子のほとんどは、外でドッチボールをしに出るのだが、僕の場合、学校中をうろつき回っていた。
『カナヘビ』と呼ばれるトカゲを捕まえる旅に出たり、落ちたら負けゲームを一人でやったり、図書館で怖い話の本、恐竜の本、鉱石や昆虫の本、都市伝説の本なんかも読んだりした。
このとき、口裂け女には、ポマードで対処できると知ったのである。本気で口裂け女が存在すると信じ込んでいた僕は、薬局でワックスを買うことを検討していたぐらいである。
この頃、唯一仲が良いと思っていたクラスメイトは、プールの着替えの時間に、あそこの長さを測り合うひょうきんな二人コンビと、ポケモンゲームの攻略本を丸々記憶していると思われるゲームオタクの秀才だったのだ。たぶん、外で大人数のかけっこや、警ドロなんかをしていた人たちは、僕のような人間を根暗だと思うだろう。その通りなのだ。
こんな人見知り根暗少年の、クラスメイトとの関係性は、別に悪くはなかった。話しかけられれば、会話もちゃんとしていたし、何より作り笑いは得意なのだ。だからクラスメイトも僕に対してそんなに悪い印象は抱いていなかったと思う。
ただ、あの日が訪れるまでは。
あらかじめ、言っておこう。当時の僕は、女の子と接するのが大の苦手だった。
小学一年生のとき、スカートめくりをコミュニケーションと勘違いをして、男友達と全く変わらない接し方をしていたのだ。
もちろんそんなことをしていたら、あっという間に変態扱いされ、女の子に嫌われるのも無理ないのである。
僕は、この時期から女の子に対する苦手意識が芽生え始めていたと思う。
小学2年生になって、スカートめくりなどという行為が間違っていることをようやく理解した僕は、いよいよどうやって女の子とコミュニケーションを取れば良いのか分からなくなり、しまいには女の子と喋ることすらしなくなったのである。
ある日、事件が起きた。
体育の授業があり、集合場所が外だったので、体操服に着替え、帽子を被り、靴箱横の花壇がある場所まで一人で行ったのだ。
そして、他のクラスメイトも集まってきて、あとは、先生を待つだけになった。
僕は、ひょうきん二人組のうち、馬鈴薯顔の一人と花壇の近くに生き物はいないか探しいたのだ。
馬鈴薯君は、ダンゴムシを発見して、大喜びでそいつを丸めて飛ばす遊びを始めた。
僕も何かいい獲物はいないかと目をこらしていると、花壇の下のほうに、のっぺりと張りついていたナメクジを発見した。 
「あ、ナメクジだ」
当時の僕は、ナメクジはカタツムリの仲間だと思っていた。背中の殻が無いだけで、それ以外の部分はほとんど見た目が一緒だからである。
きっと、産まれてすぐに殻を与えて貰えなかったんだろう。殻さえあれば立派なカタツムリなんだけどな。まぁ、おいおいそんなものは自力で手に入れるのだろう。
そんな風にナメクジのことを思っていた。
だから、ナメクジを見て気持ち悪いと思ったことが無いのだ。
カタツムリは平気だが、ナメクジはだめだという人もいるようだ。
殻の装飾だけでそんなに優劣がつくものなのか。
僕は、ナメクジをつまみ上げると手のひらに乗せ、しばらく観察していた。
ノロノロ動いて、粘液が付着するのだけれど、案外ひんやりとして気持ちが良かった。
ずっと眺めていると、縦に2本の黒い線があり、シマリスみたいに見えてくるのだ。
すると、突然右側の方から、「きゃー!ナメクジ-!!」甲高い悲鳴が聞こえた。
何ごとかと思い、声の方に振り向くと、そこには、女の子の3人グループがこっちをみながら、「きゃー、きゃー」言っていたのだ。
最初は戸惑ったのだけれど、すぐに状況を理解した。
そして、その時妙案が思い浮かんだのだ。それはこうだ。
手のひらにいるナメクジを女の子に近づけて、追いかけてみようと。そうすれば仲良くなれる。
当時の僕の単純明快な頭から生み出された傑作のアイディアなのである。
手のひらのナメクジを女の子グループに見せながら、走って近づいてみると、もちろん女の子たちは、「きゃーきゃー」言いながら逃げていったのである。
察しのいい読者なら、もうこの後の展開は分かると思う。
あの日、僕は怪人ナメクジ男になった。
学校の薄暗い廊下を一人あるいていると、向かいから女の子グループが歩いてくる。
僕は、戦慄した。向かいの女の子グループが僕に気づくと、「きゃー、ナメクジ男―!!」と言って、逃げていくのだった。
口裂け女よりも、遙かに女の子グループの方が怖いのである。
それから、今現在に至るまで女の子の友達ができた記憶がない。
ナメクジ嫌いな読者にこれだけは知っておいて貰いたいのだが、
きっとナメクジはカタツムリたちと友達になりたかったのだけれど、殻がないせいで、仲間外れにされて、ひとりぼっちで花壇の下を這っていたのだと思う。

もし、怪人ナメクジ男が目の前に現れたら、こう対処するのが正解だ。



「友達になろう。」である。

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