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エキストラ

あんなに雨が降ることを祈ったのに、やっぱりその日はケチのつけようのない秋晴れで、それはそのままあの二人の屈託のなさを表しているようで、私はどうも気に入らない。それどころか、夏を乗り越え、幾分優しくなった湘南の海は完璧で、その深いブルーの海に面した教会で向き合う二人はケチのつけようがなくて、あの子のマーメイドラインのウェディングドレスのフォルムとか、時折彼を見つめる睫毛の角度とか、とにかく全てがケチのつけようがなかった。早く、早く、ケチをつけなくちゃ……私はぎゅっと手を握りしめる。

パイプオルガンが鳴り、指輪の交換が始まろうというその時、やっとあの女が入って来た。後ろの方に座っている客はチラチラとドアの方を振り返ったけれど、祭壇で見つめ合っている二人はまだ気付かない。カツ、カツ、カツ……。真っすぐにヴァージンロードを歩いて行くあの女のヒールの音が、私の心臓の音と連動する。もうすぐだ、もうすぐで私の見たい景色が目の前に広がるはずだ。

私がしたことは特別悪いことではないと思う。ただ、本来私がゆったり座るはずだった人生の椅子に、大した特技も魅力もないくせに、ちょっとしたタイミングとしたたかさだけで、平気な顔をして座ろうとしているあの子に、世の中そんなに上手くはいきませんよ、と茶々を入れてやるだけだ。ただし、私は自分で直接手を下すような愚かなことはしない。愚かな行為は、第三者である、あの女にさせた、ただそれだけのことだ。

あの子のインスタのアカウントを探し出すことくらい、私には朝飯前だった。あの子は本名を隠した、いかにも頭の悪そうなハンドルネームを使っていたけれど、飼っているチワワに、まるで着せ替え人形のように、とっかえひっかえ毎日違う洋服を着せては写真を撮っていたから(尾行くらい当然します)、私はあらゆる検索をかけて、あの子のページにたどり着き、チワワ好きを装って、あの子と個人的なやりとりを始めた。アイコンをチワワにして、あとはペットショップや公園で、適当にチワワの写真を撮っては、ごくたまにアップする。「私は本当に無精なので、ほとんど見る専門だけど、あなたのチワワは本当に可愛い!」そう絶賛コメントを毎日送っていたら、すっかりあの子は私に心を許してくれた。そして、個人的にメッセージのやりとりをするようになると、あの子は、もうすぐ結婚する彼がいること、彼には常に他の女の影を感じていたけれど、最後に彼に選ばれて、海に面した教会で式を挙げることさえ出来れば、他のことには目を瞑るのだと言っていた。

ただ、元カノのうちの一人がどうしても気になる、とあの子が言い出した時、私はすっかりそれを自分のことだと思い、あれやこれやと聞き出した。
そう、それが私だったら良かったんだ。それなら私は、ついぞ自分の身分を明かすことなく、ほうらやっぱり彼が一番好きだったのは私だったのだと、むしろ手に入らなかった者としての優越感すら持って、そのままそっとアカウントを閉じたに違いない。

それなのに、あの子が気にしている元カノというのが、ほんの一時期、一方的に彼につきまとい、ストーカーようになっていただけのあの女だったものだから、私はこんな計画を思い付いてしまったのだ。あのストーカー女のアカウントなら、当時彼が「こいつなんだよ」とアイコンを見せてくれたので、既に知っている。
私は、また別のアカウントを作り、今度はあの子になりすまして、あの女のページに書き込みをするようになった。
「彼にはもう付きまとわないで。私たちはお互いを唯一無二の存在と認め合って、来週末、海の見える式場で結婚をします。だからお願いです、どうか邪魔をしないで下さい……」

案の定、あの女はやって来た。カツ、カツ、カツ……。あの女が祭壇にどんどん近づいて行く。
二人がやっとあの女に気づく。怯えた二人の顔、一瞬にして凍る空気。

あれ……まさに私の望んだ光景のはずなのに、私はどうも気に入らない。私が、あの子でも、あの女でもなくて、全く心に引っ掛からない、忘れ去られた元カノとして、大人しく座っているエキストラであることが、私は気に入らない。

こんなことの為に、皆、ごめんね。やらなきゃ良かった。

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