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盗聴「夫の実家帰省話」

「夫の実家」――未婚の私には未知の世界であるその空間への魔法は、一体いつかかり、いつ解けるのだろうか?そんなことを、真夏の海辺のカフェで考えさせられた。

一から説明します。夏休みということで、海辺のホテルカフェにて夜風に吹かれ、良い気分でボーッとしていたら、隣にやって来た金持ちそうなオバハン二人組が、迫り来るお盆について全身全霊で嘆き出し、せっかくのバカンス気分が損なわれました。そう来るか、でも私には盗聴があるんだぞ!と、気持ちを建て直して盗聴してみました。

オバハン二人は推定年齢50代前半。それぞれの息子や娘が部活の合宿に行っているとかで、旦那を置いて小旅行に来ている模様。その時点で贅沢で幸せな人生じゃないの、と言いたくなるのだが、とにかくオバハンたちは、夫と夫の実家についての悪口しか言わない。特に、この小旅行が終わったらすぐに待ち構えているらしい「お盆の夫実家への帰省」イベントが憂鬱でならないようだ。「このモヒート最高ね。あー、この旅行がお盆の後だったら良かったのに」「全くだわ。今はこんな風に優雅にしていても、明後日からあんなド田舎に3泊もするかと思うと、ぞっとする」「ほんとよ」と、ため息をモヒートで流し込んでいる。

私はそこでふと、ベッキーのゲス事件のことを思い出した。ベッキー自身については、有吉が名付けた「元気の押し売り」という言葉が全く的確だと思っているし、もっと言えば「ポジティブ脅迫観念症」って感じがして、とっても苦手。いくらなんでも、個人的なLINEのやりとりが公開されたのは気の毒としか言えないけど、「ほうら、そんなに良い子でもなかったじゃん」と、内容については特に意外性も感じず。だけど、ただ一点、ベッキーの乙女心を感じて、何ならウルっと来るのは、「ゲス氏の実家に行ってしまったこと」だ。世間では、結婚している男の実家におめおめと行くのは最低だと、そのことが一番と言っていいほど非難されており、それもよく分かるのだけど、でも、ベッキーにとっては、自分が好きな相手が育った空間に身を置いた日は、それはそれは嬉しかったんだろうな、と想像する。結局、その日の思い出を含めて、後々、根こそぎ暗い思い出にすり替わってしまった、そのことだけは、鬼の私も可哀想に思うのである。

思えば、小さい時から、他人の家に上がるということは、とってもドキドキしたものだ。人間は、そうやすやすと自分の家に人を入れないので、その家に入れてもらえたということは、自分が特別に許された存在だという気がして嬉しいし、何より、学校や会社での姿しか見たことがない友達や同僚が寝泊まりしている空間を目にすることほど、「ふーん」「へえ!」と思うことってないと思う。ましてや、大好きな恋人が育った家だったら、言わずもがな。

特に、都会育ちの女の子が、田舎町で育った彼氏の実家を初めて訪ねるなんていうのは、もうMAX胸キュンシチュエーションだと思われる。
とある片田舎。夏の夕暮れ時、ガラガラと扉を開けると、お線香と夕飯の香りが混じったような、何とも言えない香りが漂ってくる、とか。平屋の奥、昔ながらの柄の布団が敷いてある彼の部屋。へえ、彼はここで青春を送ったのねという感慨、とか。多くの女の子は、相手と結婚が決まって、相手の親に挨拶に行く、という時に初めて実家を訪ねるだろうから、その時はもう、「相手の親や実家ごと、私は大事にしてみせるわ!」という気概に満ちているはず。それが、長年一緒に過ごすうちに、夫にはトキメキを感じなくなり、初めて訪れた時、あんなに熱い感慨を抱いたはずの夫の実家は「夏は暑く、冬は寒いド田舎の古い家」に成り下がり、「行きたくないところナンバー1」となってしまう――

オバハンたちは「ねえ、まだ飲めるでしょ?やっぱりワインにしない?」「いいわね」と言って、今更ながらワインのボトルを入れていた。「今日はもう沢山飲みましょう。それから、ド田舎から戻ったら、アマン東京でランチしましょうよ」「いいわね!」「それを楽しみに、お互いお盆を乗り切りましょう」と言ってグラスを合わせていた。
あの二人は無事に夫実家への帰省をやり遂げられたんだろうか?今頃、Uターンラッシュで顔をしかめて助手席に乗っているのだろうか?アマン東京でのランチを楽しみに、無事に乗り切ってくれてたらいいけど!と、心の中でエールを送る。

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