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文化財運営の裏側、ほんの少しお見せします。指定管理者になった私たちが、6年間で経験し、学んだコト その③

太田 絢子(おおた あやこ) 
無鄰菴・岩倉具視幽棲旧宅 管理事務所所長

植彌加藤造園入社後すぐに、施設所有者の京都市により導入がスタートした無鄰菴・岩倉具視幽棲旧宅の指定管理業務の立ち上げに関わり、はや6年。所長として施設の保全、チームマネジメント、行政対応など、文化財の現場で日々奮闘中。

自分よりも遥かに長生きしている文化財が持つ、現代もなお老若男女問わず様々なお客様を引きつけ続けるその魅力と価値に魅せられている1人です。閉場後、日中お客様で賑わった空間に静寂が広がる庭園を眺めていると、今日も一日が無事終わったな、と感慨深い気持ちになります。
このコラムをお読みいただき、文化財はもちろん、チームマネジメントなど文化財現場の運営についても興味を持っていただければ幸いです!
無鄰菴公式サイト
岩倉具視幽棲旧宅公式サイト

マルチタスクチームのマネジメントって?

前回の記事では無鄰菴・岩倉具視幽棲旧宅はチームメンバーのマルチタスクで運営されていることを紹介しました。
マルチタスクはチーム全体で業務をシームレスに進めることができるメリットがありますが、一方で人によっては不慣れなことも実施しなくてはならない、という(特に不得意な)業務に対するプレッシャーが生じることがあります。

このプレッシャーが高まると仕事へのやる気が削がれ、楽しくない場になってしまいますよね。両施設の運営でも、上記のようなマルチタスクへの抵抗感が全くなかったわけではありません。

岩倉具視幽棲旧宅オリジナルグッズのレイアウト
パッケージや展示方法はスタッフが提案・実施しています。
毎月売上をフィードバックし、こまめに改善のアクションを取ります。


聞くこと=知ること

「マネジメント側としては実行したいオペレーションがある、しかしチームメンバーの理解を中々得られない」、という構図は多々あると思います。
私もマネジメント側になって数回そのような状況がありました。
トップダウン式で進めようとしたこともありましたが、漏れなくお互いに相当のストレスを抱える結果となりました。

試行錯誤の結果、私が行きついたのが「聞くこと」、つまりヒアリングです。なぜ嫌なのか、どう感じるのか、どうしたいか、など本人の考えていることやストレスをできる限り客観的に把握しようとします。

無鄰菴の定期イベント「松栄堂×無鄰菴 いいセンス!インセンスの時間。」  毎月のテーマなどもスタッフが考え、当日のMCも務めます。

聞くことでさらに良くなる

ヒアリング効果(笑)の実例として、無鄰菴フォスタリング・フェローズの運営システム改善があります。今や運営から5年目となり登録者数は約100名になりますが、当初はほぼシステムがない中での運営でした。

初期に登録いただいたフェローズの方で「ガイドがしたい」というご希望がありご応募いただいた方がおられました。大変勉強熱心な方で様々な文化財、お庭のことも沢山ご存知です。ご希望は場内での10分間の無料ガイドの提供サービス活動です。しかしながら、ガイドスキルのレベルをはかる基準が不明確であったために、なかなか独り立ちでのガイド活動をいただけないでいました。

いつもは和やかな方なのですが、ある時真剣な表情で「私は長く勉強もしているが、いつになったら独り立ちをしてガイドができるのか分からない。」というご意見をいただきました。
ご本人へのヒアリングによって、独り立ちまでに必要な過程のどの位置にご自身がおられるのかが把握しづらい、という課題があることが分かりました。

結果、育成に必要なポイントをステップにし、施設側・フェローズ両方で共通認識を持てるよう可視化しました。そしてステップに合わせて研修を組み、全てのステップを完了した方を合格とするシステムを作りました。また、活動後は毎回ヒアリングシートを提出いただくとともに、お困りごとがないか必ず声をかけてヒアリングし、ご意見はチームメンバー間で共有するようにしています。

学芸員重岡さんの出張授業の様子。高校生に文化財運営と学芸員のお仕事についてお話しました。

下心をもってヒアリングしない

ヒアリングの際に最も注意しているのが、「回答を誘導しないこと」です。
相手を懐柔したり、自分の望む方向に誘導をせず、最大限に本人の思いをヒアリングするように心掛けます。もちろんマネジメントの立場としてはサクサク進めたい気持ちはあるのですが、その障害となる課題を把握しようとせずに進めると、たいがい相手には不満や不安が残ります。
いわば、我慢のヒアリング(笑)ですね(性格的にせっかちなところがあるので、いまだに我慢が必要な時があります)。

しかし、「我慢のヒアリング」は一緒に物事を進めるチームの信頼感に繋がるという実感があります。単純に話を聞くだけではなく、ヒアリングをする中で、一緒に課題を確認し、どのように解決するか、必要なサポートがあるかを考えます。
この「一緒に課題を確認する」ことで、立場が対立から並走に変わるというか、「共通の課題」に対して一緒に出来ることを考える雰囲気になるので、これもいつも意識するようにしています。

その場で課題が解決しないこともありますが、少なくとも不安要素をお互いに把握し、課題として認識できた、というだけでも状況(特に心理的な)は改善するように思います。

無鄰菴洋館に展示されている苔をたのしむテラリウム Mosslight-LED展示に合わせたイベント。
展示は2022年6月30日正午までお楽しみいただけます!

次回のコラムは、無鄰菴・岩倉具視幽棲旧宅 主任学芸員の重岡さんのコラムです。重岡さん、よろしくお願いします!

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