見出し画像

男と男と妹の約束

85年末か、86年初頭のことだったと思う。76年だかに一度だけ巡ってくるというハレー彗星の話題でテレビや新聞が大騒ぎし、人々も素直に大騒ぎしていた頃のことである。

あの日がいつだったか、正確な日付は覚えていない。でも、あの日見たものを、俺たちはよく憶えている。

俺は、親友のアユムと俺の妹の3人で、山の上の公園で遊んでいた。山の上の公園は、家からかなり遠かったが、家の近くにある公園はゲートボールをする悪い大人の連中が占領しており、俺たち子供は遠くまで行かなければ遊具やボールで遊べなかったのである。山の上の公園....実際そういう名前ではないが、登り坂を延々と登った先にあるので、俺たちはそう呼んでいた...で何時間か遊んでいるうちに、日が傾き、寒くなってきた。

そろそろ帰り時かなと考え始めたころ、ふと、アユムが飛び上がって空を指差した。

「ようちゃん、あかねちゃん、空を見て! あれは、あれはハレー彗星だ!」

アユムの指差す光を、俺と妹は必死に追いかけた。そう、必死にだ。わずかに尾を引いているように見えるそれは、目で追わなければならないほどの速さで動いていたからだ。最初は西から東へ、そしてゆっくりと孤を描き、少し大きく光りながら北へ向かって動いていた。

「すいせいって、あんなふうにうごくんだ。はやいね!」

「見ろ、また方向を変えたぞ!」

「あっ小さくなってく! すごい速さで地球から離れていってるんだ」

ぐんぐん小さくなって北の空へ消えてゆくハレー彗星を、俺たちは息を呑んで見つめていた。それは、プラネタリウムとは全然違う、生の興奮だった。

ハレー彗星が見えなくなると、俺たちは家路についた。少し遅くなったが、なにせハレー彗星を見たのだから、母は許してくれるだろう。帰り道、俺たちはハレー彗星をこの目で見た興奮と喜びに震えながら、即興で作った「ハレー彗星の歌」を歌いながら帰った。

「今度見るときは、僕らはおじいちゃんとおばあちゃんだね。その時にまた3人でハレー彗星を見よう」

「わたしもみたい!」

「よし!アユム、男と男と妹の約束だ!」

俺たちはそう言って固い握手をし、橋の上で別れた。

***

ここから先は

3,334字 / 1画像

寄せられたサポートは、ブルボンのお菓子やFUJIYAケーキ、あるいはコーヒー豆の購入に使用され、記事の品質向上に劇的な効果をもたらしています。また、大きな金額のサポートは、ハーミットイン全体の事業運営や新企画への投資に活かされています。