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子どもの思いと先生の思い

3兄妹のこと

長男たこ、長女ぴこ、次女ちぃは、絶賛不登校・不安定登校だ。

その時は、登校渋り・不安定登校の時期で、遅刻したり早退したり、行ったり休んだり、していた。

長男たこは、学校に行く意味を見出せずにいた。授業に興味はナイ。友だちとは、放課後と土日遊べば良い。食欲もないし、給食が楽しみでもない。やらされる音楽にも体育にも図工にも、微塵のわくわく感も持っていなかった。
学校という時間は、自分にとって意味があるのか。1日の大半が退屈なのに。すごく無駄。そんなことを考えているような態度だった。

長女ぴこは、そのころ情緒がとてつもなく不安定だった。兄の「バカ」という軽口にさえ、過敏に反応し、「ぴこはバカじゃない!!」と泣いて怒って殴りかかる。そして、体格の差で返り討ちにされると、「もう、ぴこなんて、本当にバカだから何も出来ないんだ」とさめざめと泣いた。

ぴこには、強い正義感があるのだが、その時期はそれも強調され、自分の正論が通らないと、パニックを起こした。それもほんの些細な事。
「チャンネル権は、1本見たらぴこの番になるはずなのに、譲ってくれない」
「これ終わったら遊ぼうねって、約束したのに、ちぃがやっぱヤダって言った!!」
我慢して待っていたのに、報われなかったという怒りは、ぴこの中でものすごいパワーになった。

そこで母が、
「別にいいじゃん。それぞれ好きなことやりな。ぴこも、気にしすぎ。」
なんて言おうものなら、ぐぐぐぐぐぐぐとぴこの余裕はみるみる無くなり、「みんなが裏切り者だ!!ぴこなんて、居なくなっちゃえばいいんだ!!」と怒りに震えて自分の髪をむしり切った。
一本抜くのでさえ痛い髪の毛を、両手でガッチリつかんで、引っ張り、ブチブチブチ!!と音が聞こえるほどに引きちぎっていた。

そうなってしまった背景には、ぴこの人間不信があった。学校で、先生の『良かれ』に苦しめられたり、友だちのブラックユーモアに打ちのめされたりした体験が、強烈に刻み込まれていたのだ。ぴこは、メンタル的に学校に行ける状態ではなかった。

ちぃは、「本当は学校に行きたいよ。でも怖い。」とそのころ話していた。
1年生なので、何が怖いのか、言語化はしてこないのだが、母が考えた“怖い”の理由は、

  • 兄と姉が学校を嫌がっているから、漠然とした怖さがあるのではないか。

  • お姉ちゃんがちぃが居ない間に、どうにかなってしまうのではないかと、心配して学校に行けないのではないか。

という事だった。母にはちぃに学校に行って欲しい思いがあった。
確かに兄の言うように、つまらない体験もするかもしれない。けれど、楽しい体験もきっとある。
姉のように、人間に不信感を覚えるかもしれない。げれど、友達と遊ぶ楽しい時間が絶対にある。

夫と相談し、母は1日ちぃの為に身を空けた。ちぃが学校に行けるように、ちぃに着いて動く。たことぴこは、夫に任せるね、と。

ちぃ学校に行く

ママがずっと一緒に居るから大丈夫。そう母はちぃに話した。
ちぃも、「本当に?じゃ、行ってみる」と最初の一歩を踏み出した。

学校の校門で、やっぱり入ることが出来ない。子どもたちはとっくに登校を終え、教室に入っている時間。校門も昇降口もとても静かだ。けれど身体が動かない。

「ちぃ?きっと、大丈夫。何か一つ、楽しいことがあるかもしれない。行ってみよう?ママ居るよ?」
ちぃは、とても緊張しているようだった。けれど、歩き出した。
昇降口まで。

ここまで来ることが出来た。すごく久しぶりに。
「よく頑張ったね!!やったね!」と母とちぃ昇降口でが笑顔を交わしていると、校内を歩いていた教頭先生の目に留まった。

「ちぃさん!おはようございます!」教頭先生は、笑顔で話しかけてくれた。ちぃも、ちぃここまで来れたよ!と得意げに笑顔で「おはようございます!」と返していた。

「じゃ、別室、行きましょうか。」と教頭先生が、ちぃに向けて手をつなごうと腕を伸ばした。
母も、「行こうか。」とちぃに笑顔を向けて、靴を脱いでスリッパを出そうとする。

すると、教頭先生が言った。
「お母さん、大丈夫ですよ。お預かりします。」
僕に任せてください!という優しい笑顔を向けられた。
心がグラっと揺れた。ここで、教頭先生の意見を受け入れたら、ちぃとの約束が守れない。けど、断れば、教頭先生を信用していないと思われてしまう。どうしよう。
ちぃの顔を見ると、「?」という顔をしている。ママ、行こうよ。と母を信じ切っている。

「教頭先生、今日、ここまで来るのに、この子、すごく勇気使ってて。私が一緒だから大丈夫って、やっと来れたんです。」と母は教頭先生に話をした。

教頭先生は、「そうですか。」と腕組みをして考えた後、腰をかがめて、ちぃに視線を合わせて聞いた。
「ちぃさん、どうですか?先生と一緒に、行けますか?」
ちぃは教頭先生の目を不安そうに見て黙っていた。

ちぃは、一年生だ。保育園児ではない。「ママが良~い!!」と言う事に抵抗を感じているように見えた。自分は立派な1年生なんだ、というプライドもあったのだろう。

「教頭先生、私、一緒に過ごせるよう、仕事調整してきました。」と母は伝えた。その直後だった。教頭先生の返事よりも早くぴこが来た。

姉ぴこのパニック

母と教頭先生がちぃを囲って昇降口で話していると、姉のぴこが昇降口に飛び込んできた。ぴこは半狂乱だ。泣いている。
え?なんであなたが??パパはどうしたの??母は、混乱した。
ぴこは「ママが良い~!!!」と母にすがって泣いた。

訳が分からなかった。
「ぴこは、お休みするって言ったじゃない。今日はママ、ちぃに付くよって。」
そこへ、夫が来て言った。
「家に居たら、いきなり学校行く!って言い出して・・・。」

『学校行くって言い出して。』じゃねぇえ!!!!!
夫だってぴこの精神が相当に不安定だという状況を分かっていたはずだ。ぴこは休ませなければいけない!何やってんだ!怒りがこみ上げた。

「ぴこ、帰りなさい。パパと。」と母が言うと、「やだ!!ママが良い!!」とぴこは泣きじゃくった。

すると、ずっとそのやりとりを見ていたちぃが、
「もう良い!!ママ、ぴこと帰って!!」と乱暴に靴を脱ぎ、別室に走って行ってしまった。

「ちぃ!」母はちぃを追おうとした。しかし、教頭先生が両掌を広げて制止した。
「お母さん、ほんとに。大丈夫ですから。」教頭先生に念を押された。教頭先生はちぃの後を追って、別室へ入って行った。

ぴこと夫と車に戻り、ぴこを落ち着かせた。夫に事情を聞いても、全く的をえない。「俺もなんでこうなったか、全然わかんないよ。ホントにいきなり家を飛び出すから、車で送ってきたんだ。」と言った。

ママが良いー!!と泣いているぴこの事、一緒に学校で過ごせるよ、と約束したちぃのこと。母の身が二つあれば良いのに。と、これほどまでに思った事はない。

母は、ちぃに本当に一人で学校に居られるのか、聞きに行かなければと思った。ちぃはきっと大丈夫ではなかった。ぴこと夫を車に待機させて、母は再び校舎へ向かった。

昇降口で、とても戸惑った。昇降口から見える別室は、扉は閉められていたが、とても静かだ。ちぃは泣いてない。
教頭先生の「大丈夫ですから。」の言葉も母の校舎へ入る一歩を拒んだ。どうしよう。。行くべきか、行かざるべきか。。。

しかし、母は子どもに対して絶対に誠実で居たかった。昇降口で靴を脱ぎ、校舎に入った。別室のドアをノックする。
「失礼します。ちぃの母です。」
中には、学習支援員の先生が付いており、ちぃはドリルをやっていた。
支援員の先生の視線が痛い。「何の御用ですか?」という疑問と、過保護な親か?という疑いをどうしても感じてしまう。
母が入室しても、ちぃは顔を上げない。母の事を見ようともしない。

「すみません先生。ちぃと話をさせて頂きたくて。」そう先生に断って、ちぃの顔を覗き込む。「ちぃ?。。。」母が話しかけると、ちぃは母の目を、渾身の怒りを込めて見つめた。うそつき。そう言いたいのがガツン!!と伝わった。

「ちぃごめん。ぴこが泣いてて。ママ帰らなきゃ。ちぃは、どうする?一緒に帰る?」
ちぃは、“母が一緒なら”という条件なら、学校に行くと約束した。母が条件を変更したんだ。ちぃには「帰る」という選択があって当然だと思った。

すると支援員の先生が言った。
「ちぃさん、割り切ってましたよ。」
その言葉には、(お母さんの邪魔が入らなければ)というニュアンスを感じた。しかし、母は疑問に思った。

割り切る?それのどこが正当なんだ。『納得』したのか、『諦めた』のか。先生はどう考えているのですか?そう聞こうとした時、教頭先生が別室に入ってきた。

「あ、お母さん。ちぃさん、大丈夫ですよ。ドリルも進めています。頑張っていますよ。」

ちぃは、下をむいて、怒りに震えていた。こんなものやりたくない!ママはうそつきだ!学校に閉じ込められた!騙された!!そんな怒りをちぃの背中から、ひしひしと感じた。

「先生、すみません。今日は連れて帰ろうと思います。」母が教頭先生に告げると、教頭先生は心底驚いた顔をした。
この親は、何を言い出しているんだ?と。せっかく子どもが学校に来て、勉強しているというのに、ズカズカ校舎内に入ってきて、頑張っている子どもの集中を途切れさせ、おまけに、連れて帰るだ?意味が分からない。
そんな表情だった。

「ちぃ、帰ろうか。」と母がちぃに声をかけると、教頭が「僕が、ちぃさんとお話させて頂いてもよろしいですか?」と母に聞いた。お願いします。と母は身を引く。

「ちぃさん、よく頑張っていますね。今日これから、いろんな楽しいことがあります。1年生は体育もあります。給食も人気のメニューです。もう少し、学校で過ごしませんか?お母さんと離れても、大丈夫そうですか?」

ちぃは、しばらく黙ったあと、「帰る」と小さな声で言った。
教頭先生の肩が落ちたのが分かった。“母親が、子どもをかき乱した”と思っているのだろうと、母は思った。

教頭先生は「お母さん、ちぃさんには、頑張れる力があります。信じてください。」と母に言った。はい。私もそう思います。とゆっくり頭を下げた。

教頭先生は、再びちぃに向き直った。
「ちぃさん、ちぃさんは自分で決めて、ここまで来ました。ちぃさんは、今日、学校頑張ろうと思ったのではないですか?」

優しく語り掛けてくれる教頭先生に、「帰る」とさっきよりもハッキリとちぃが言った。教頭先生はとても困惑していた。押すべきか、引くべきか。

母は言った。「教頭先生、ありがとうございます。今日は、連れて帰ります。」深々と頭を下げる。

教頭先生の落胆が伝わる。母も肩を落として帰る支度を手伝った。
すると突拍子もなく、ちぃが言った。
「教頭先生、ちぃ、ランドセルは、置いて行きます。」

え? 教頭先生も、母も、頭が追いつかない。
しばらくの間を置いて、教頭先生が言った。
「わかりました。お預かりします。また、学校に来てください。」

教頭先生に笑顔が戻った。母は、ちぃと教頭先生のやりとりに、涙が込み上げたが、それに気づかれない様に、深々と頭をさげた。

教頭先生は、笑顔で手を振って見送ってくれた。母は何度も頭を下げながら、ちぃの手を引いて帰宅した。

自分への教訓

  • 子どもに対して、母は絶対に誠実であること。

  • 先生の子どもを思う『思い』、母の子どもを思う『思い』、きっと子どもには大人の『思い』が伝わっている。




学校で生きずらさを抱える子どもたちのために何ができるのか。 たこ・ぴこ・ちぃだけではなく、不登校児の安心できる居場所づくりの資金にしたいと考えています。