カレン妄想

カレン・ザ・トランスポーター #18

前 回

「泉に投げ込むための斧を作れと言われたんですね?」
私の問いに鍛冶屋のおっちゃんはゆっくりと、しかし大きく頷く。

背後から殺気!
小さく真横に飛びのく。
さっきまで私の後頭部があった場所を小石が通り過ぎ、作業場の戸板に跳ね返って地面に落ちる。
 振り返った先には、予想通りというべきか、さっきの石投げガールが。
 よく見れば肩まで伸びた栗色の髪はボサボサで、着ているオーバーオールもそこかしこに継ぎ接ぎの跡がある。
 この年頃の女の子にしてはちょっとばかしワイルドが過ぎる。

「ゼナ!お客さんに石を投げるなんて!」
ゼナと呼ばれた少女はおっちゃんの叱責にも一切ひるむことなく、私を睨みつけ、指差して、大声で叫ぶ。
「おとうちゃん!こいつもな!どうせ金もうけにきたんだ!金がだいじなんだ!」
 …ここは確かに事実なんだけども、うん。ときに落ち着こう。こどもよ。


 少女はなおも私に「ばか」「かえれ」「なめくじ」などの罵詈雑言を浴びせてくるが、これくらいスルーできるのが大人の余裕、ウッドエルフの寿命をナメてもらっちゃあ困るってもんだ。

 「ちーび!」

 えー、気が付いたら周囲を野次馬が囲んでました。
 これはあとでおっちゃんに聞いたんだけど、いかに村のはずれとはいえ、彼女と私とで
 「ちーび!」
 「おまえのほうがちーび!」
 「おとななのにちーび!」

という蛮族でもやりそうにない口喧嘩が繰り広げられていたそうで、そりゃあ人も集まる。

 さて、このクッソ気まずい状況をどうやって打破しようか。
 さあ考えようカレン。閃こう私のブレイン。

 と、野次馬の間に軽いざわめきが起こる。
 直後、人波が割れると、妙齢の女性がその間から私の方に歩み寄ってきた。
 人間の年齢だと...えーと、40歳くらいになるんだろうか。
 目鼻立ちの整った顔にはごっそりと白粉が塗られ、口元の紅を引き立たせている。
 なんかところどころがキラキラしている真っ赤なキャミソールの上に、見たこともない獣の毛皮で作られたコートを纏い、漆に金箔の貼られたキセルを蒸かしている。
 人間の世界なら『スレンダーなセレブ美熟女』とでも呼称されるんだろうが、私の里ではこういう人物は「真っ白な枯れ枝女」と陰口を叩かれることだろう。
 その枯れ枝女は私の目の前まで来ると、嫌味ったらしく視線を私の高さまで合わせて言った。

 「お取込み中失礼いたしますワァ、わたくし、村長のヴィーデと申しますのォ!アナタもしかして、斧を売りに来てくださったんですノォ??」

 村長?これが?しかしなんだこの甲高い声は。さてはあんた村長に化けたバンシーだな?本物は今頃地下室で白骨化...

 「はぁ...まぁ」
 冗談はさておいて、煮え切らない答えを返す。
 「アラァー!それなら是非こちらで買い取らせていただきますワァ!何せこの鍛冶屋サンは村の木こりの為の斧を全く作ってくださらないんですもノォ!」

 すごい。なんだこの声は。なんの魔力も感じないのに精神を蝕んでくる。
 よく見ると枯れ枝女の周囲にいる村人も具合が悪そうだ。
 やはりこの女バンシーなのでは。
 さて、どう返したものか悩んでいると...

「何よ!おとうさんが斧作ってもみんな泉に投げちゃうんでしょ!知ってるんだから!」

 ゼナの横入。
 周囲の村人の反応を確認する。みんな驚きの様子は見られない。
 『いつものことか』という反応だ。
 ”泉”の存在を知ってるのはごくごく僅かだということだ。

「オッホホホォーゥ! 泉って何のことかしーらァ!?私はこの村の木こりみーんなにより良い斧を使って欲しいだけなーのヨォ?」

 「知ってるわよ!全然森の木が減ってないじゃない!なのに税金も減ってる!知らない人もたくさん村長の家や森にいる!なんで!?」

 ゼナの訴えは真剣そのものなのだが、やはり周りの大人たちには真剣味が伝わっていない。父親であるおっちゃんと目の前の枯れ枝女は別として。

「オーホッホッホーウ! 子供はまだわからないでしょうけどぉ?木を全部切っちゃったら森はすぐ無くなっちゃうのヨーォ? 私がね、溢れるビジネスゥー!の才覚を活かしてるから、ウンマーイ具合にこの村の経済が回っているのヨーォ?」

 ...せめて笑い声くらい統一してほしい。

 「買い取った斧に良い転売先でも?」
 できるだけ遠回しに攻めてみる。

 「転売なんてしないわヨーゥ」
 想像どおりの答え。

 「わかりました。お売りしましょう。相場は?」
 「王都の3倍は出すわヨー♪」
 「はい。毎度ォ」
 「ちょっとこの量はアタシには無理だから、明日の朝にでも公邸にお願いできるゥー?」


 私が深く頷いて同意を示すと、枯れ枝女はニンマリと笑って踵を返し、集まってきた野次馬もそれに併せるようにあっという間に散り散りになっていった。
 鼻水をすする音に振り向くと、背後には涙目で睨みつけているゼナがいる。
 憎悪を隠そうともしない彼女の頭にポンと手を置くと、驚いた様子の泣き顔に語り掛ける。


 「私はね、その泉を無くしにきたの」

【続く】
 
 
 

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