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イッキューパイセン春の特別編~上映中マナー講座~

 映画ファンのミチヒロはスクリーンを前にして悲しみに打ちひしがれていた。
 今日は大作ハリウッド映画『サメ野球2』の公開日。仕事を終えレイトショーのチケットを入手し、ポップコーンとコーラ、パンフレットを購入してウキウキで座席に腰かけた彼。 
 しかしすぐ前の席には上映中にスマホをいじるクソカップルが!

 「すみません、ちょっとスマホのライトが気になっちゃうんですけど...」
 精一杯カドが立たないように呼び掛けるミチヒロ。
 しかしクソカップルは即座に激昂!
 「アァ!?俺らが何しようと勝手なワケ!わかるワケ?ちょっと表出るワケ!」
 金と黒のまだらロン毛でスカジャンを羽織った男が怒鳴る!
 「はー?何コイツうっざーwww やっちゃってよゲブ造!」
 「任しとけベロ美!スゲーとこ見せっからよwww」

 ゲブ造と呼ばれた男はミチヒロの襟首を掴んで館外に引きずっていく。
 「や...やめてください何するんですか!」
 「うるせー!ぶっコロがすぞ!」

 ゲブ造の殺気と剣幕に周囲の客は見て見ぬふりだ!
 令和の世になってもそういうのは続く!

 館内のトイレに連れ込まれたミチヒロは、ゲブに胸倉を掴まれ壁に押し付けられる。
 「何チョーシぶっこいてんだお前コラァー!」
 右のショートフックが頬に直撃!
 「ウベッ!」
 ミチヒロの眼鏡が吹っ飛び床に転がり、ベロ美がなんかキラキラしてるパンプスでそれを踏みつぶす!
 「す...すみません...でも映画館でスマ…」
 今度は右ストレートが左目あたりにヒット!
 「ウェボッ!」
 痛みと恐怖でへたり込むミチヒロ。

 「おい、テメェ―いくら持ってんの?」
 ミチヒロの答えを待たずにポケットを探りだすゲブ造!
 財布を取り出すと中身を改める。
 「なんだよ1枚しかねーのかよ。じゃあこれで許したるわww」
 1万円札を取り出して無造作にポケットにしまうと、ミチヒロの顔面に財布を叩きつける!

 「これでラブホいこーぜラブホ!」
 「もーゲブ造ってばーwww」

 ミチヒロに背を向けトイレから立ち去ろうとする2人。
 しかし、いつの間に現れたのか、その入り口には大柄な清掃員が仁王立ちし彼らの行く手を塞いでいる!
 「なんだァてめェ! 邪魔だデカブツ!」
 ゲブ造の鋭い右ボディブローが清掃員の鳩尾を襲う!
 清掃員は仁王立ちのまま! 直撃!
 「キャーゲブ造かっこいー!」
 ベロ美が腹を空かせたアザラシのような声で称賛!

 しかし清掃員微動だにせず!
 「な、なんだテメェ...」
 僅かに怯えを感じさせるゲブ造を見据えたまま清掃員はキャップとマスクを外す。
 そこにはスキンヘッドの若い男性の顔。
 その眼光は標的を捉えた殺人マシーンのように深く、冷たいものだった。

――――――――――――――――――――――――――――――
 ゲブ造が目覚めたのは病院のベッドの上だった。
 あの映画館のトイレでスキンヘッド男に殴り掛かってからの記憶がない。
 起き上がろうとする彼の全身を激痛が苛む!
 「痛ぇ!痛ぇ痛痛痛ぇ!なんだこれ!」
 全身が包帯とギプスで覆われ、首はコルセットで固定。
 点滴のチューブが腕から伸びているのがわかる。
 少し頭を動かそうとするだけですさまじい吐き気に襲われ、手足の位置を変えようにも痛みで身体がそれを拒否する。
 痛い、とにかく痛い。なんだここは。病院なのか?ベロ美はどこだ?
 きょろきょろと視線を動かすゲブ造の視線の先にナースコールのボタンがあった。
 (そうだ、これで誰か呼んでどうなってんのか聞いて...とにかく痛くて耐えられねぇ)
 ボタンを押す。
 
  来ない。
 1分、2分と待つが看護師のくる気配はない。
 5分、10分。やはり来ない。
 (ふざけんじゃねえよ俺は患者だぞ!痛ぇ、とにかくいてぇ)
 必死の思いで身を起こし、点滴器具を引きずって廊下に出る。
 深夜のようで院内は真っ暗だが、廊下の先に明かりのついている部屋があった。
 おそらくはあれがナースセンターだろう。
 痛みに耐えて体を引きずる。
 (ボタン押したらすぐ来るのがルールだろう。ルール守れや!)
 怒りが沸々と湧き上がる。
 しかし、やっとたどり着いたナースセンターでゲブ造が目にしたのは、衝撃的な光景であった。

 中の看護師8名ほどが全員スマホをいじっているのである。
 コールを知らせるランプがひとつだけ点灯しているが目もくれない。
 ランプの下部には「下堂」のプレート。
 これはゲブ造の名字だ。

 怒りが頂点に達したゲブ造はドアを開け看護師を怒鳴りつける。
 「オイ!患者が呼んでンだろーがコラーッ!」
 看護師たちは一斉に反応し、同時にゲブ造の方へ向き直る。
 彼が更に何か叫ぼうとした際、一人の若い女性の看護師が口を開いた。
 
「アァ!?私らが何しようと勝手なワケ!わかるワケ?ちょっと表出るワケ!」
  その声が合図であったかのようにセンター内全員の看護師が立ち上がり、ゲブ造の両脇や両足、胴体を抱え担ぎ上げる。
 「おい何すんだコラァ!訴えてやんぞゴラァ!」
 彼の言葉を完全に無視して看護師の集団は進む。
 
 ゲブ造が運び込まれたのは院内のトイレだった。

―――――――――――――――――
 数分後。
 トイレからは男の声で「すみませんでした」「金はもってません」「ゆるしてください」などの悲鳴。
 そのすぐ隣の部屋ではベロ美が寝たきりのままスマホをいじっていた。
 (うるさいなぁ。静かにするのが病院のマナーでしょ)


(サングラスにスーツ姿のスキンヘッド男が暗闇の中登場する)
「いかがでしたか? 公共の場ではマナーを守るようにしたいものですね」

(スキンヘッド男のスマホが鳴り、画面を確認すると背後から手が伸びてきて肩を掴み、暗転してEND)

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