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保育士の働き方改革 前編

明日は勤労感謝の日
良い機会なので、自身の働き方について振り返ってみようかと思います😆
(昔のブラック自慢がしたいとかではないです)

17年前に保育士養成校を卒業し、地元の園に就職
当時は男性保育士が珍しかったこともあり、
「うちは男は取っていないです」
と、面接すら受けられない園も多くありました
「男性保育士が採用面接に来るのは初めてです」と言われた園もありました😅

当時の私は考えが甘かったので(今も甘さはありますが)そのあたりも面接に行った園さんにはお見通しだったのだと思います...

周りの友達は続々と内定が決まる中、私は年内に決まらず
実家から近すぎるからと避けていた園にダメ元で面接へ
そこで内定を頂いたのが年明け
苦戦したものの保育士人生がスタートします💪

結果的にその園で13年7ヶ月勤めます
今でも交流させて頂いている出会いもたくさんありました
勉強させて頂いたこともたくさんあります

しかし、働き方という面では「ブラック」という言葉がとっても似合う園でした🤯


1日実働7時間45分で4週7休
土曜日出勤しても振替休日は無し
そこまではまだ良いのですが
休憩はまともに取れたことがなかったです

でも、当時は保育が楽しくて楽しくて休憩なんて要らなかったんですよね
若かったので勢いで乗り切れていました

休憩を取らなかったとしても、早番で7時に勤務を開始して本来15時45分で勤務が終了...
とはならず、必ず書類を書いたり
行事の準備をしたりと残って勤務
所謂サービス残業の嵐

それでも3年目くらいまでは毎日のように飲み歩く余裕もありました🍺

しかし、だんだんと仕事量は増えていき
定時とは? 1日の勤務時間とは?
という状況が長く続きます
休みの日に研修を命じられても「自己研鑽のための研修だから」と勤務扱いにはなりませんでした
行事等が重なり、ひどいときには20連勤したことも🌀

色々ありましたが、それでもその園で保育士を続けます
いま振り返ると、環境を変えるという挑戦が出来ない
保守的な思考だったのかと思います

園舎建て替えと同時に保育園からこども園になるというタイミングで
主幹保育教諭(保育園でいうところの主任保育士)に昇進
当時20代後半、結婚が決まっていたタイミングでした

新婚生活、新しい役職、急に大きくなる組織、行政への提出書類は山積み、保護者からの問い合わせの対応も後手後手に...
色々と環境が変わる中、朝7時に出勤し、23時に勤務を終える
というような日が殆ど
土曜日も毎週のように出勤していました

このあたり感覚が麻痺していたので
「この園は俺がいないとまわらん!」
みたいなマインドだったのかなと思います

円形脱毛症にもなりました
完治までにかなりの時間を要し
髪を全て剃るか本気で悩みました😩

そんな働き方を変えよう!
と一大決心をした転機の中編に続きます

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