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#モデル契約書の沼 損害賠償条項(免責条項)の検討4(損害の範囲について)

約7000文字 読了20分程度

■関連:損害賠償条項(免責条項)の検討1(請求原因文言について)
■関連:損害賠償条項(免責条項)の検討2(重過失文言の意味について)
■関連:損害賠償条項(免責条項)の検討3(請求期限について)
■関連:損害賠償条項等における契約書の文言を根拠とする「弁護士費用実額」の請求可能性についての一考察(番外編)


1 はじめに(契約書で最も重要な条項とは?)

システム開発(アプリ開発、WEB画面開発を含む。)に関する契約書の中で最も重要な条文を1つだけあげるとすると、私は、「損害賠償条項」だと考えています

今回も、システム開発契約において参照されることが多いと思われる、経産省の定めた「モデル契約書」の条項例をもとに、この条項の意味を分解して、検討していきます。

すでに、下記の条項(※1~3)について検討してきました。
 ※1 損害賠償条項(免責条項)の検討1(請求原因文言について)
 ※2 損害賠償条項(免責条項)の検討2(重過失文言の意味について)
 ※3 損害賠償条項(免責条項)の検討3(請求期限の意味について)

【契約書】経済産業省「モデル契約書」・第53条(損害賠償)
1 甲及び乙は、本契約及び個別契約の履行に関し、相手方の責めに帰すべき事由により損害を被った場合、相手方に対して、(●●●の損害に限り)損害賠償を請求することができる。但し、この請求は、当該損害賠償の請求原因となる当該個別契約に定める納品物の検収完了日又は業務の終了確認日から●ヶ月間が経過した後は行うことができない(※3)
2 前項の損害賠償の累計総額は、債務不履行、法律上の瑕疵担保責任、不当利得、不法行為その他請求原因の如何にかかわらず(※1)、帰責事由の原因となった個別契約に定める●●●の金額を限度とする。
3 前項は、損害賠償義務者の故意又は重大な過失に基づく場合には適用しないものとする(※2)

今回は、第1項にある「相手方に対して、(●●●の損害に限り)損害賠償を請求することができる。」との文言を検討したいと思います。

この「●●●の損害に限り」とは、「限る」のですから、損害賠償請求の範囲を限定する内容であることが分かります。

つまり、損害賠償を請求される側(主として成果物を納品する側=ベンダ)としては、限定しておいた方がいいのです逆に、損害賠償を請求する側(主として成果物の納品を受ける側=ユーザ)としては、限定しない方がいいのです。

それでは、具体的に「●●●の損害」には、どのような単語が入るのでしょうか。ヒントは、モデル契約書の解説にありました。

【文献】経済産業省「モデル契約書」・104頁
「損害の範囲について制限を設ける場合には、通常損害のみについて責任を負い、特別事情による損害、逸失利益についての損害や間接損害を負わないとする趣旨から、直接の結果として現実に被った通常の損害に限定して損害賠償を負う旨規定することが考えられる。」

この説明文を「●●●」に反映すると、次のような文言になります。

「●●●の損害に限り」→「直接かつ現実に被った通常の損害に限り」

それでは、「直接」「現実」「通常」の意味するところは何でしょうか。
そして、これらの文言は、どの程度重要なのでしょうか。
結論として、それぞれの対義語と記載の重要性は、下記のとおりです(私見)。以下、順番に検討していきます。

2020年9月6日損害


2 直接損害と間接損害

■1 直接損害と間接損害
まずは、この「直接損害」「間接損害」の具体例を見てみましょう。

【参考文献】奥田昌道編「新版注釈民法(10)・2」(有斐閣・2010年)328頁以下(北川善太郎・潮見佳男解説)
直接損害・間接損害の古典的な例として、次のものをあげることができる。病気の馬を給付したところ、飼い主の所有している他の健康な馬にその病気が感染し、その馬も死亡した場合には、直接損害が発生している。他方、馬の死亡のために、農地の耕作ができず、収入を得られず他の借金の返済にまわせず、その結果として財産の差し押さえを受けた場合は、(他の借金を返済できないという損害が生じているため)間接損害が発生している。」

しかし、そもそも、我が国の民法は、フランス法のような「直接損害」と「間接損害」との区別基準を採用していません(この議論の詳細について、特に、奥田昌道編「新版注釈民法(10)・2」(有斐閣・2010年)328頁~416頁。奥田昌道・佐々木茂美「新版債権総論<上巻>」(判例タイムズ社・2020年)287頁・脚注1も参照)。

■2 「直接の損害」文言の重要性
上記のとおり、我が国では、「直接損害」と「間接損害」との区別基準を採用していません。そのため、我が国限りでは、この「直接の損害に限る」との文言の意味は乏しいといえます(文末脚注*1)。

しかし、準拠法が日本以外の国となれば別論と考えられます(私見)。
契約書には、準拠法という項目を設けることがよくあります(例:本契約の有効性、解釈及び履行については、日本法に準拠し、日本法に従って解釈されるものとする)。

日本語で書かれた契約書であっても、日本法が適用されるとは限らず、準拠法条項によって外国法を適用させることが可能です。そのため、「直接損害」と「間接損害」の区別に意味がある国(たとえばフランスなど)の法が①「準拠法になっている」、あるいは②いわゆるクロス条項(選択的な準拠法の合意。floating choice of law clause)によって「準拠法になる可能性がある」場合には、この「直接の損害」との文言が意味を持つケースがあるかもしれません。

3 現実の損害と懲罰的損害

■1 「現実の損害」の対義語は?
例えば、「現実の損害」を調べようと、書籍の索引を紐解いても、おそらくほとんどの書籍には記載がないと思います(なお、窪田充見編「新注釈民法(15)」(有斐閣・2017年)371頁以下(前田陽一解説)や、奥田昌道編「新版注釈民法(10)・1(復刊版)」(有斐閣・2010年)585頁も参照)。

それでは、裁判所は「現実の損害」をどのような意味で用いているのでしょうか。この「現実の損害」という用語が使われた著名判例をみてみましょう。

我が国において、「現実の損害」という用語を使った判例として、懲罰的損害賠償を命じた外国裁判所の判決の執行判決が問題となった判例があります(最判平成9年7月11日民集51巻6号2573頁「萬世工業事件」)。

懲罰的損害賠償とは、不法行為責任(製造物責任を含む。)が生じる場合のうち一定の場合に、本来の損害の賠償に加え、制裁的に賠償金の支払いを命じるもので、米国における、いわゆる「マクドナルド・コーヒー訴訟」が著名です(ただし、原則として、契約違反から懲罰的損害賠償は発生することありません。なお、UCC§1-305(a)、「悪質な契約違反の法理(Tort of faith breach contract )」及び樋口範雄「アメリカ契約法<第2版>」(弘文堂・2008年)78頁、319頁も各参照)。

この判例では、裁判所は、「現実の損害」という用語を「我が国の不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させる」との文脈で使用しています(最判平成9年7月11日・民集51巻6号2573頁「萬世工業事件」)。

このことからすると、裁判所は、不法行為法における「現実の損害」の対義語は「懲罰的損害」と理解しているように考えられます(私見。ただし、「現実の損害」の対義語を「逸失利益」という意味で理解している見解もあります。経済産業省「モデル契約書」104頁も参照)。

【判例】最判平成9年7月11日・民集51巻6号2573頁(裁判所HP
カリフォルニア州民法典の定める懲罰的損害賠償(以下、単に「懲罰的損害賠償」という。)の制度は、悪性の強い行為をした加害者に対し、実際に生じた損害の賠償に加えて、さらに賠償金の支払を命ずることにより、加害者に制裁を加え、かつ、将来における同様の行為を抑止しようとするものであることが明らかであって、その目的からすると、むしろ我が国における罰金等の刑罰とほぼ同様の意義を有するものということができる。これに対し、我が国の不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補てんして、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものであり(最高裁昭和六三年(オ)第一七四九号平成五年三月二四日大法廷判決・民集四七巻四号三〇三九頁参照)、加害者に対する制裁や、将来における同様の行為の抑止、すなわち一般予防を目的とするものではない。~略~我が国においては、加害者に対して制裁を科し、将来の同様の行為を抑止することは、刑事上又は行政上の制裁にゆだねられているのである。そうしてみると、不法行為の当事者間において、被害者が加害者から、実際に生じた損害の賠償に加えて、制裁及び一般予防を目的とする賠償金の支払を受け得るとすることは、右に見た我が国における不法行為に基づく損害賠償制度の基本原則ないし基本理念と相いれないものであると認められる。」

なお、裁判所は、「現実の損害」との用語を、上記懲罰的損害賠償を命じた外国裁判所の判決の執行判決の可否以外の事例でも、同様の意味で使用しています(たとえば、最判昭和42年11月10日・判時505号35頁)。

【判例】最判昭和42年11月10日・判時505号35頁
「損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を填補することを目的とするものであるから、労働能力の喪失・減退にもかかわらず損害が発生しなかつた場合には、それを理由とする賠償請求ができないことはいうまでもない。」


■2 「現実の損害」と「懲罰的損害」の意味
「現実の損害」とは、上記判例によると「不法行為で被害者に生じた損害」をいうのですから、我が国の民法上、認められているすべての損害を含みうります。たとえば、損害には、①財産的損害・非財産的損害、②積極的損害・消極的損害、③履行利益・信頼利益などの区別があります。「現実の損害」の中には、理論上、これら①②③のすべてが含まれます(実際に認容されるかは事案により異なります。)。

反対に、「懲罰的損害」とは、「現実の損害」を超えて、制裁及び一般予防を目的とする損害賠償金の支払を認めるものです。これは、上記平成9年最判のとおり、我が国では認められていません(文末脚注*2)。


■3 「現実の損害」文言の重要性
上記のとおり、「現実の損害に限る」との記載がなくとも我が国では、懲罰的損害賠償が認められていません。そのため、我が国限りでは、この「現実の損害に限る」との文言の意味は乏しいといえます(私見)。

しかし、「直接の損害に限る」との条項と同様に、準拠法が日本以外の国となれば別論と考えます(私見)。
そのため、仮に、懲罰的損害賠償が認められる国又は州(特に、英米などのコモンロー諸国)が①「準拠法になっている」、あるいは②いわゆるクロス条項によって「準拠法になる可能性がある」場合には、この「現実の損害」との文言が意味を持つケースがあるかもしれません(文末脚注*3)。

4 通常損害と特別損害

これは、今までの2つの議論(直接の損害、現実の損害)と比べて、馴染みのある方も多いのではないでしょうか。通常損害(通常生ずると認められる損害)は、民法416条の解釈です。

法学部の債権総論の授業で学びますが、議論は極めて複雑です。
私以外の多くのブログで解説記事がありますので、詳細は割愛しますが、責任範囲を限定したい(損害賠償を限定する可能性を残す)場合には、「通常損害に限る」との文言は明記すべきです(なお、改正民法416条と改正前民法416条もご参照ください。)。

5 弁護士費用について

ところで、下記のように、損害賠償の範囲に「弁護士費用を含む」との記載がある契約書を見ることがあります。このような記載があれば、裁判で、弁護士費用の全額の賠償請求ができるのでしょうか。

私見では、「請求認容額の1割以上が認められる可能性があるものの、全額は困難」との理解です
ちょっと何言っているのかわかりませんよね。
詳細は、拙稿の別note「損害賠償条項等における契約書の文言を根拠とする「弁護士費用実額」の請求可能性についての一考察」をご覧ください。

【条項例B】
甲又は乙が、本契約又は本契約に関連して相手方に損害を及ぼした場合には、相手方に対して当該損害の全て(間接損害、特別損害、利益の逸失による損害、弁護士費用を含むがこれらに限られない。)を賠償するものとする。



6 まとめ

2020年9月6日損害

私は、
 「直接損害」と「間接損害」
 「現実の損害」と「懲罰的損害」
 「通常損害」と「特別損害」
というように整理しました。

しかし、上記はあくまで私見であり、我が国において、少なくとも「直接損害」「現実の損害」の各意味、各対義語、それぞれの外延について、必ずしも明確とはいえません。

それでも、モデル契約書を改変して利用する場合、損害賠償を請求されるおそれのある側(主として成果物を納入するベンダ側)としては、少なくとも「直接かつ現実に被った通常の損害に限り」と限定することにマイナスはなく、できるだけ限定しておくべきです(私見。下記【条項例A】。文末脚注*4)。反対に、損害賠償を請求する可能性のある側(主として成果物の納入を受けるユーザ側)は、広く規定しておくべきです(私見。下記【条項例B】)。

【条項例A】主としてベンダ側有利
モデル契約書の1項のうち「(●●●の損害に限り)」を「直接かつ現実に被った通常の損害に限り」に変更したもの。

【条項例B】主としてユーザ側有利
「甲又は乙が、本契約又は本契約に関連して相手方に損害を及ぼした場合には、相手方に対して当該損害の全て(間接損害、特別損害、利益の逸失による損害、弁護士費用を含むがこれらに限られない。)を賠償するものとする。」

これまで、本稿を含めて4回にわたって、経済産業省「モデル契約書」・第53条(損害賠償)のうち、各種文献ではあまり言及がない論点を中心に検討してきました。わずか1条ですら議論が尽きません。

いよいよ、次回がラストです。
最後は、①残る諸論点(接続詞やニュアンスから生じる問題等)と②総まとめ(”ぼくが考えた最強の損害賠償条項”)です。これで、経済産業省「モデル契約書」第53条の全容は、概ね、明らかになるのではないでしょうか。

執筆者:
STORIA法律事務所
弁護士 菱田昌義(hishida@storialaw.jp)
https://storialaw.jp/lawyer/3738
※ 執筆者個人の見解であり、所属事務所・所属大学等とは無関係です。
※ 本稿の執筆にあたっては、森勇斗様(独立行政法人日本学術振興会特別研究員・一橋大学博士後期課程)に貴重なご意見を頂戴しました(文責は菱田にあります。)。

7 補遺・脚注・参考文献

文末脚注*1
会社法429条において、「直接損害」「間接損害」との議論があります。しかし、これは役員等の任務懈怠により第三者が被った損害が429条の適用対象になるかどうかの議論です。この会社法429条の議論は、本稿で取り上げている民法416条の解釈を中心として、その範囲を契約書の「損害賠償条項(責任限定条項)」で限定できるかどうかとは異なる議論です。

文末脚注*2
懲罰的損害賠償の各国の特色について、同最判の調査官解説である最判解民事篇平成9年度(中)840頁、特に860頁以下や注17(佐久間邦夫解説)を参照。同解説によると、懲罰的損害賠償は、主に不法行為訴訟で認められるとされています(製造物責任を含む。)。
なお、私の別のnoteでも言及しましたが、我が国では損害賠償条項(免責条項、責任限定条項)は、契約責任のみならず不法行為責任にも適用があると考えるのが一般的ですが(最判平成10年4月30日・集民第188号385頁)、果たして、懲罰的損害賠償が認められる国や州で、このような平成10年判決のような解釈が可能かは、議論の蓄積が待たれます(私見は消極)。

文末脚注*3
国際的な契約法制における「現実の損害(actual harm、actual loss)」については、ユニドロワ国際商事契約原則(2016)第7.4.13条(リンク)及びヨーロッパ契約法原則Article 9:509(リンク)において、用いられています。

文末脚注*4
モデル契約書は、BtoBのうち「対等に交渉力のあるユーザ・ベンダを想定」しています(モデル契約書・7頁)。
仮に、今回検討した「直接かつ現実に被った通常の損害に限り」との文言を、①「利用規約」の損害賠償条項(免責条項)に用いて、かつ②その利用規約が「定型約款」(改正民法第548条の2第1項)に該当する場合には、相手方(消費者)の権利を制限するものになりかねません。その場合には、事案によっては、合意しなかったものとみなされる可能性があります(同条2項)。



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