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アナログが生み出す時間軸

 公開から1ヶ月が過ぎても、こんなにも飽きずに映画館に通うことが楽しみな作品は、初めてです。私の思い入れの強さは、恥ずかしながら前回勢いで放ってしまったnoteを覗いていただければ察知できるかと思うのですが、少し時が経ち何度も見るうちに、『アナログ』という作品の届けてくれる「優しさ」や「温かさ」が、公開を心待ちにしていた1年前から、映画館に足繁く通う現在までの時間を含めて自分の人生に刻み込まれていくような、そんな気がしてきて。(それはそれで、「気持ち悪いなーおい」cv.高木)この辺りでもう一度文章を綴ってみたいなと思います。

2人の感性と「アナログ」というタイトル

 この作品では、ヒロインのみゆきさんが「携帯を持たない女性」と予告から明かされていましたが、それ以外にも「アナログ」を感じる部分がたくさんあって。それが、みゆきさんと悟が惹かれ合うことになった最も大きい「感性の一致」な部分でした。そしてそれが、悟側にも強く感じられたのが、個人的に印象的でだったので、いくつか挙げたいと思います。
 冒頭から「丁寧な暮らし」をしていると感じられる朝ごはんの描写、自分も相手にも人の温もりを感じたいという思いから現れる「手書きデッサン」や「立体模型」へのこだわり。悟の人柄は、悪友2人と一緒にいる時やお母様との病室での描写から見ている側にはもうこれでもかってくらい微笑ましく伝わってきますが、みゆきさんには、もう最初の会話で十分に伝わっていたのだろうなと。あのお母様の形見のハンドバッグを誉められた時、好きな人からは持ち物を褒められただけで嬉しいと前にどこかで学んだことがありますが、あの時のみゆきさんは、その後の「…半世紀だ。そりゃ、敵わないな」という感想に、心を動かされたのではないでしょうか。
 公開までは「携帯電話という便利な機械を介さないアナログな恋愛を描く作品」として意味を成していたタイトルが、作品を見た後ではそれ以上の意味を持つのだと、心が揺さぶられました。

「待つ」という時間

 惹かれ合う2人の間で最初に決められた約束、それは、木曜日に初めて出会った喫茶店「ピアノ」で会うということでした。連絡手段のない2人の間での口約束。お互いの都合もあるし約束は絶対ではないという前提のもと、「会いたい気持ちがあれば、会えます」というみゆきさんの言葉をそのまま受け入れられる悟はなんてピュアなのだろうかと、震え上がりました。でもこれも、どんな時間にも人の温もりが感じられる瞬間があると信じて、「時間」を惜しまず大切にしている悟だから、みゆきもそんな悟に惹かれたから、成り立った関係であって、というか2人の間ではそれが最善で最高で、見ているうちに私まで、休み明けの中学生のように温めた話をし続けられる関係に、憧れてさえしまいました。
 これは主観にもなりますが、自分自身も含めて、現代は「待つ」ことが苦手というか、気づかないうちに、苦手になっている気がします。特に情報もツールも溢れているし、いざとなれば連絡手段なんていくらでもあって。そんな今だからこそ、2人の感覚はとても新鮮で、浅はかにも「良いな」なんて思ってしまうけれど、実際に「待っても来ない」を想像すると、私にはとても耐えられそうにありません。もちろん2人にとっても、時には楽しいだけの時間ではないはずで、1000円札を出しお釣りを貰わず、1人「ピアノ」を後にするそれぞれの描写は、見ていると胸が締め付けられるような思いでした。
 鑑賞後、時間について思いを馳せていた時に読んだパンフレットで、書評家の倉本さおりさんが書かれていたことがもうそれでしかなくて、しばらく自分で言語化できずにいたくらい大共感だったので、恐れ多くも少しだけこちらでも引用させていただきます。
  悟とみゆき。ふたりが互いに惹かれあったのは、時間というものの質量をー
  そこに連綿とつらなる人びとの営みの豊かさをきちんと想像できる人だった
  からだろう。

ラストの奇跡

 そんなふうに「待つ」ことを通して2人が営んできた「時間」に思いを馳せると、後半のみゆきさんと悟の関係には、もう何度見ても、涙が溢れて止まりません。みゆきさんの正体が分かった時、みゆきさんが現れなかった理由を知った時、悟の衝撃は計り知れませんが、何よりもどんなみゆきさんでも、みゆきさんのそばにいられることが、悟にとっての幸せなのだろうなと、強く感じました。
 少しそれますが、私は病室での悟とお母様とのやりとりが大好きなのですが、特に「自分だけの幸せを大事にしな」というニュアンスの言葉が、何度も見るうちに、初見よりもずっと胸に刺さっていって。悟はプロポーズの前に「俺は幸せ者だよ。周りのみんなに感謝しないと」というのですが、幸せの渦中にいて、それを真正面から実感できる人は実はなかなかいなさそうだし、素敵だなと思うと同時に、お母様の先の言葉が改めて浮かびました。
 だからこそ、ラストシーンの2人に舞い降りた奇跡は、2人にとってのご褒美のような物ではないかなと感じたりもします。もちろんきっと心の奥底ではずっと願って信じていたことだろうし、第三者から見たら、報われてよかった、と心の底から思うけれど、2人の着地点は、もうずっと前にあったようでもあり、その先に続く未来にもある。一緒にいる時間1秒1秒が奇跡のような時間なのだと、そんなふうに魅せてくれたラストシーンとそれまでの描写が、私はとても好きです。

主人公悟、ヒロインみゆき

 この作品が噂されている段階からワクワクが止まらなかったのは、何を隠そう、キャスティングにもありまして。私は主演とヒロインのお2人の作品を、恋愛モノはもちろんそれ以外でももう何作も何作も見ているのですが、だからこそ、この作品が、このストーリーがこんなに自分の心に広がっていくのは、彼らの演技力の賜物だなと感じてもいます。
 二宮さんはインタビューなどで時折、「主人公はみゆきなんじゃないか」ということをおっしゃっていて、波瑠ちゃんを推している身としてはこの上なく嬉しいお言葉でもありますが、でも何度も作品を見ていると、ここまで悟の解像度が高いnoteを綴ってしまっていることからもお分かりいただけるかと思いますが、やっぱりこの作品の主人公は悟だな、と私は感じます。媒体問わず主演を張れる俳優さんとして認められている波瑠ちゃんだからこそ、波乱な人生を歩み秘密を抱える中で、主人公に少しずつ一度閉ざした自身の心を開くヒロインを、二宮くんの隣で演じてくれて、心から嬉しかった。この先も2人の作品を見続けられる未来を信じて疑わないけれど、きっとこんなにも一途でピュアな青年二宮和也が見られるのは後にも先にも本作だけだろうし、波瑠ちゃんの俳優人生で得てきたものが全部垣間見えるようなみゆきさんに出会えたことも、かけがえのない宝物です。

アナログとデジタル

 物語の終盤でみゆきが悟と連絡を取りたくて携帯電話を購入していたことや、悟がみゆきのそばにいるために、オンラインツールを駆使して仕事をしている描写があるように、この作品の良さは、「アナログ」というタイトルを持ちながら、登場人物からも制作側からも、それを押し付けることも、対義語である「デジタル」を否定するような価値観もいっさい感じないところにあると感じています。世の中の流れは「アナログ」→「デジタル」ですが、「アナログ」を大事にする価値観の中で、2人の時は止まっているわけでも逆行しているわけでも決してなく、大事にしている「時間」や「人の温もり」、それをより感じ取れるものが「アナログ」であること、ただそれだけだったのだろうなと、ここでも「時間」を感じられることに感動しつつ、私はキーボードを叩いて自分の言いたいことをつらつらと綴り、便利な媒体を利用して、デジタル故に繋がれた縁を感じながら、ネットの海に感想を投げようと思います。



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