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誰かを幸せにできる嘘は、きっと正義だ。

誰かの人生に彩を与えてくれる”嘘”ならついても別に構わないと思った。だって、私も誰かの”嘘”に助けられたことがあるから。

きっと、生きていれば誰だってそんなことを考えることがあると思う。私がついたほんの小さな”嘘”のおかげで誰かの明日が少しでも明るくなるのなら、その嘘はきっと正義の嘘なんだ。

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中学2年生の時に「もう学校は行かなくていいかな、いや。行きたくないな」と思ったあの日。お腹がちぎれるぐらい泣きながら笑って、楽しい時間を過ごしていたはずの”あの子たち”に書かれていた悪口ノートを読んだ。こっそり見たのではない、堂々と渡されて、その場で「読んで」と言われた。今思えば、もしかすると私の性格改善の一歩と題して彼女たちはアクションをおこしてくれたのかもしれない。でも、悪口を書かれるような私の心の中は渦巻いていて、恐怖心とここまでされたら笑ってしまうしかないような、なんとも不思議な気持ちでいっぱいだった。

中に書かれていた内容はもはや私の分析で、全部読めば自分の”ダメなところ”を全て網羅することができて、私は完璧な人間になれたのかもしれない。

でも、私はその文章と向き合うことができなくて、学校に行くことを諦めた。といっても不登校になるほどの勇気もなかったので、ビバ会長出勤、ゆとりサイコー!!!という感じで、1日行く日もあれば、行かない日もあるし、行っても嫌になれば帰ってくる。そんな生活がはじまる。

14歳の私は、baseよしもとにどっぷりハマっていて、劇場にも足を運んでいた。学校が終わると16時から始まる公開生放送のFMラジオを聴くのが日課になっていた。ただ、市内のラジオ番組は田舎に住んでいる私の家では周波数が合わなかった。アンテナを立てたラジオを持って家中をうろちょろしてていると、唯一ラジオの周波が合う場所があった。そこが、弟の部屋だった。

なのでその時間だけは、お願いをして弟の部屋でラジオを聴いていた。リスナー参加型のラジオは日替わりのお題でメッセージを募集していて、なんとなくメッセージを送ってみた。学生服を着たままだった私は「着替えようかな?でも、メッセージが読まれたら…。まあ読まれるわけないか…」なんてことを考えながらソワソワしていると、あっという間にメッセージのコーナーがきた。そして、私のメッセージは読まれた。


それ以降、学校から帰ってはFMラジオを付けてメッセージを送る。学校に行かない日は「今日はどんなお題かな~」なんて想像をしながら1日を過ごしていた。自分の送った全ての内容が本当だったのかというと、そうじゃないと思う。

ギリギリのラインで、みんなが楽しめるのがラジオ。

劇中にそんな言葉があった。本当にその通りだと思う。私がついた小さな嘘が誰かの人生の彩になれば、その嘘はきっと許される嘘で、誰のことも傷つけない嘘だ。

それに、私は自分のことを認めてあげたかった。印象に残るメッセージを送ればもらえる”ステッカー”は、より自分の”肯定感”を高めてくれるプレゼントだった。もしかすると、今までの人生で一番貰って嬉しかったプレゼントはラジオのステッカーかもしれない。


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”みみばしる”という舞台は、自分の居場所がないことに悩んでいる主人公の妙子が、ひょんなことがキッカケでラジオを聴きだし、人生が変わる内容。

これだけを聴くと、ラジオのおかげで人生が良い方向に進んでいくイメージ持った人もいると思う。でも、そうじゃない。

ラジオは時に、人間の汚くて嫌な心の部分を作り上げてしまう。もしかすると中学生の私もそうだったかもしれない。

学校に居場所がなくて、心が寂しくて、誰かに認めてもらいたくて見つけた”ラジオ”という居場所。きっと私は、主人公の妙子と似ている。

この舞台を見に行くキッカケになったのが、みみばしるの宣伝コピーだった。阿部広太郎さんのツイートがキッカケで知った企画、参加したいと感じる前に頭の中で”みみばしる”って何だろう…。そう思っていた。

ふと、頭の中に”聞こえたもんがち”という言葉が浮かんだのは、暇すぎる古着屋でアルバイトという名の店内徘徊をしていたときだった。浮かんだ言葉の後に沸いてくるイメージは、私の人生そのもので、フライング気味に走り出してしまう自分の姿。

走り出したのが正解なのか、不正解なのかなんて分からない。でも、進まないと何も始まらない。きっと私は周りの人より”聴く力”にたけている。音楽だってそう。聴いたことで生まれた”夢”や”目標”がたくさんあった。

正直言って叶えられなかった目標の方が多い。夢なんてひとつも叶っていないかもしれない。でも、聞こえたからすぐさま走り出さないと生まれなかった夢や目標のことを思いだしてみると、聞こえた途端にすぐに走り出してよかったと感じている。

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舞台の世界に生きていたすべてのラジオリスナーは私の心の中に生きていた。この舞台を知ることができたキッカケは宣伝コピーを書くことから。書かないとはじまらなかっただろう。この舞台も見なかっただろう。

そんなことを感じると、やっぱり私の人生は”聞こえたもんがち”なんだと思った。


(ポスターのコピーに採用していただきました。本当に嬉しかったです)

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