コンプレックス

 今朝の事である。起きると口から血が垂れていた。大学の友人に話すと、私もついに文豪の仲間入りを果たしたとのこと。確かに太宰治役の小栗旬は雪景色の中で喀血していた。
 しかし、私の血は喀血ではない。原因は明確で、まず命に関わることではない。

 ところで私は長年付き合ってきたコンプレックスがある。
  それは横顔。中二のときに友人から「お前の横顔、オアシス大久保に似とるよね、なんか口元が出とるっさ(笑)」と言われた。この時期大久保さんがブスいじりでテレビ番組に出ていたいたこともあり大きいショックだった。   
 ちなみにこの悪意を含ませた言葉を放った友人とは未だに連絡を取るくらい仲がいい。人生は意外と分からないものである。

 この言葉はシンプルに悪口の側面が大きいが、私はここから発見も得られた。自分の顔が端正でないことはこの時すでに認識していたので、そのダメージはそれなりだった。それよりも、その私のブサイクは父親譲りの一重瞼だと信じて疑ってなかったのだ。今考えると、自分の顔への解像度が限りなく低いのがなぜか分からない。しかし、だからこそ口元が悪いというのは新しい発見だった。
 この出来事は絶望にも希望にもなった。まずは、アイプチを買って二重瞼にしても美人にはならないという絶望。顔面に短絡的な変化はないのである。そして、口元を変えれば私も美人へ近づく一歩が歩めるのかもしれないという希望。
 この希望を現実化させるにはさらになぜ口が出ているのかを追求しなければならない。私は友人の悪口を受け取ったその日、1時間以上鏡と向き合った。
 そして分かった原因。歯並び。え、もしかして歯並び悪い?半信半疑の私。しかし、しっかりと見れば分かる。悪い。しかし、歯並びを整えると口元の印象も結構変わるらしい。それは嬉しい。これで私が生涯ブサイクの可能性は低くなった。将来の美人な可能性の塊でしかない中二の私、大きく安堵。
 そして次に歯並びを整える歯列矯正について検索。そこでびっくり、100万はかかる。無理だと分かりながら親に頼んでみる中二の私。返事は「矯正するか、大学行くか。」このころから県外を出たい気持ちが大きかったので泣く泣く大学を選ぶ。
 すぐに歯列矯正はできないし歯に関して親は頼りにならないと分かった。諦めと絶望は大きかったが、このとき既に可愛いより面白いと言われたい性分であったため何となくネタにしていた。高校のころは歯のネタでそこそこウケを取っていた。

 時を経て大学。遂にアルバイトができるようになったため歯列矯正を始められるかもしれないと思った。しかし、大学生活とともにコロナ禍。マスクで私の口元は隠せるようになった。そのため何となく諸々を怠っていたので本格的に歯並びのことを考えるのは結局三年の冬だった。恋とか色とかあって自分の顔を本格的に変えたくなったのだ。
 それと、久しぶりに歯科医院に別件で行ったとき自分の歯並びをしっかりと見たことも大きく影響した。横から撮られた歯並びの写真を見た。すると、本来人類が90°で設計したはずの前歯が私の場合は60°になっている。客観って大事だな~とまた一つ発見があったところで、もっと自分の歯並びがどうなってるか知りたいという謎の知的好奇心が湧きたった。ということで、近くの矯正歯科の紹介状をもらってカウンセリングすることにした。その矯正歯科は人気で予約は一か月後になった。その間インターネット上で歯列矯正に関して調べることに多くの時間を費やした。「上顎前突(出っ歯)」「下顎前突(受け口)」と専門的な単語もたくさん知った。そして、「顎変形症」という症状であり、手術を伴う場合保険適用になるという有効そうな情報も手に入れた。

 来たる矯正歯科でのカウンセリング。何枚もの歯の写真を撮られ、写真を見ながら説明された。どうやら「上顎前突」「開咬」「叢生」が当てはまるとのこと。思ったよりも大ごとになっていたらしい。おまけに下の顎からちょっと左にずれているとのこと。見事に役満である。これなら顎変形症に十分当てはまりそうであると嬉しいような悲報も聞いたところで帰路に就いた。私は、とんでもなく悪い歯並びと共に21年間(正確に言うと永久歯が生えてからの12年間位を)過ごしていたのだ。
 この矯正は手術をする場合かなりの年数かかるとのことで、今すぐ開始することは止められた。同じ医院に通わないとあまり意味がないらしい。社会人になってまた矯正歯科を探すかと諦めたが、私には卒業までにやっておきたい歯並び案件がもう一つある。

 それが親知らずの抜歯である。冒頭の口から血を垂らしていた原因はこの親知らずが原因だ。大学三年で普通の歯科医院に行った際にレントゲンを撮って発覚したのだが親知らずが他の歯と違い横に生えていた。一生日の目を見ない可哀そうな歯なので抜いてあげることにした。というか、抜かないと後々矯正する場合に邪魔になるらしい。しかし、抜くにあたって水平埋状の親知らずは普通の歯科医院ではなく口腔歯科のある病院へ行かなければならなかった。まったく世話の焼ける歯たちである。隣の市にある大きい病院へ行ってみてもらうと結構大がかりなことになるらしい。下手すると一週間は腫れると脅されたので就活などが終わる四年の夏になりやっと抜くことができた。そしてこれを書いている二日前に右二本を抜いてきた。思ったよりの激痛ではなかったが、それから右側の歯は使い物にならず、定期的に流血が起こる。ということで、私は口から血を垂れ流していたのです。

 来月には左二本を抜く予定である。ちなみに親知らずを抜くだけでも痛いのに歯列矯正はそれより痛いらしい。しかし、私の歯並び五ヵ年計画はまだ始まってもいない。

いつか歯並びが整って私が綺麗になったとき、誰よりも美しくアガりたい。

 

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