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Reinca



世界一やさしい村

密かにそう言われている村に
1人の若者がやって来てから
十数年が経っていた

お年寄りが多く
人口も少ないこの村を
訪れるのは主に若者で

晴れの日の多い
年間通して過ごしやすい気候のこの場所で
良い空気の中で呼吸し
お年寄りたちに
話し相手になってもらい
あくせくと時間に追われる事無く
好きに時間を過ごす事で
若者たちは心に抱えた悩みや
理由のわからない暗い気持ちを
軽くしてもらい
あるいは消してもらい
また日常生活に戻って行った

けれども彼は
自分の日常へと帰る事をせず
その場所にとどまり
『テヤン』という名の
喫茶兼民宿のようなものを始めた

と言うよりは
彼が彼の家に若者たちを招いて
お茶を振る舞ったり
一晩の宿として部屋を提供してきた事が
彼の日常となり自然と生業になっていた


ある日
また一人の青年が
村を訪れた

ゆるくウエーブのかかった
アッシュブラウンの髪を無造作に束ね
透き通るように曇りの無い肌
常に笑みをたたえた目元と口元
その青年程の長身でなければ
女性と見間違えても不思議ではない
美しい青年だった


青年はいつも微笑んでいた
優しく人々に微笑みかけ
構える事無く人と接し
人を拒絶する空気感を一切持たず

この場所に癒しを求めてくる人々とは
明らかに違い
日々を過ごす中
むしろ周りの人たちを癒す存在と
なり始めていた

青年は空き家となった古民家を利用した
長期滞在用の小さな一軒家で過ごし
あたりを散策しながら
小さな花々や
道に寝そべる犬や猫
集まって会話を弾ませる
お年寄りの笑顔などを撮りながら
この村で過ごしていた

青年とテヤンの主である彼が出逢ったのは
青年が村を訪れてから数日後の雨の日だった

突然の雨に遭い
テヤンに飛び込んできた
しっとりと濡れた
髪を拭う事無く
持っていたカメラを大切そうに抱え
拭いている青年に
彼は目を奪われた

青年の透明感
その美しさ
無垢な雰囲気

誰もが感じるそれらを超えた
何かとても胸に迫るものが
彼の目を惹きつけて離さなかった

初対面だと言うのに

青年はカメラを丁寧に拭き終えると
遠慮がちに言った

「すみません
傘を持っていなくて
雨が止むまで
雨宿りさせてもらってもいいですか?」

予想外の耳に心地よい
青年の甘やかなバリトンが

現実の中で
夢の中にいた気分だった
彼の目を覚まさせた

「あ・・・
あぁ大丈夫だよ
座って」

窓辺の席を勧めると
青年は濡れているからと躊躇したけれど
彼はタオルを手渡し
「構わない」と告げた


青年は窓辺のテーブル席ではなく
コーヒーを淹れる彼の前の
カウンター席に座った

コーヒーを淹れるところを
見るのが好きだと言った青年は

カウンターテーブルに肘をつき
顎を乗せて
幸せそうな微笑みを浮かべて
彼がコーヒーを淹れるのを
じっと見つめている

青年のその姿は
また
彼の心を激しく揺らしたが
彼は丁寧にコーヒーを淹れ続けた

オリジナルブレンドの
コーヒーの湯気が纏う水滴を
光が映し出している

いつの間にか雨はあがり
陽が射し始めていた

彼がコーヒーをカウンターに置くと
青年はまた柔らかく微笑んだ
「いただきます」

そう言って青年は
コーヒーカップを両手で持ち上げた

そして
まず香りを楽しむと
幸せそうな笑顔で
トントンと
カップのふちを指で2度
叩いた

その光景に
彼は三度震えた

震えたのは身体でもあり
心でもあった

グッと突き上げてくる感情に
彼は絶句した

ただ心と身体の震えを
青年に悟られないように
堪えるのがやっとだった


別人であることは明らかなのに


カウンターの片隅にある
柔らかな笑みを浮かべた女性の写真を
彼は見つめる

いつまで経っても消えない
彼女のお決まりの仕種の記憶


青年はそれを
そのまま再現していた


青年が村を訪れて
一ヶ月程が過ぎようとしていた


青年はその後
何度もテヤンを訪れ

同じように
カウンターで
彼がコーヒーを淹れるのを見つめ
芳香に幸せそうに微笑んで
カップのふちをトントンと2度叩く


青年は変わらず
いつも微笑んでいた
人に優しく
村の人たちに愛された

そんな青年の笑みを
彼は時折
痛々しいと感じる様になっていた

彼が青年に感じる数々の不思議な疑問に
明確な理由は無いし
答えも見つからない

青年とは一月前が初対面であり
青年を知るにはまだまだ
長い年月を過ごす必要があった

だからそれは
彼の思い違いなのかも知れなかった

それでも
さらに時を過ごし
青年を見つめている中で
青年が青年自身のために
笑えていないと確信し始めた

微笑んでいるのに
青年はいつもなぜか
悲し気に見えた

青年もきっと
この村に
癒しを求めて
たどり着いたのだと
彼は思った


それからまたしばらく後
ある満月の夜
明るく夜を照らしていた月を
黒雲が覆い尽くし
急に雨が降り始めた

そろそろ
テヤンの灯りが落ちる時間に
青年は飛び込んできた

あの日の様に
髪を雨で濡らし
カメラを抱えていた

彼はテヤンの看板の灯りを落とし
青年にコーヒーを淹れた


雨は降り続き
いつ止むともわからない

彼は青年に一室を用意して
泊まっていくように勧めた

青年は好意を受け取り
二人は店内の灯りを落とした
テヤンのカウンターで向き合っていた

雨に包まれた店
人々が寝静まる時間
ほの暗い空間が
二人の距離をいつもよりも近くし

二人はこれまで語る事のなかった
お互いの話をした

青年は
少し躊躇してから
語り始めた

「心の中にある
空虚の理由がわからないんです」

それは彼がずっと青年に
聴きたかった事に繋がる扉だと
彼は思った

「真剣に誰かを愛した事もあったけど
それでもそれは埋まらなかったんです」

そう言いながら
青年は微笑んでいた

悲しそうに

いつも
冷める前に飲み干していたコーヒーを
青年はカップに残したまま
ぽつりぽつりと話した

「何を
どう求めていいのか
わからないまま
ここに来ました」

ここで過ごした時間に
答えは無かったと
青年の笑みは訴えていた

彼はカウンターの片隅から
写真立てを取り出し
青年の前に置いた

「俺も同じだ」
彼は言った


「彼女を失ってしまった空虚を
ここでも埋められなかった」


青年は驚いた顔で彼を見つめた
表情が歪み
泣きだすのかと思ったが
青年は泣かなかった

うまく泣けないのかも知れない
そう彼は思った

自分と同じように


彼はカウンターから出て
青年の隣に座った

そして
少しだけ躊躇して
青年を抱きしめた

青年が息を呑むのがわかった

それでも彼は青年を抱きしめ続けたし
青年も彼の腕を振りほどこうとはしなかった

静寂が流れ

やがて

青年の嗚咽が聞こえ始めた

青年の涙が彼の肩を濡らした



青年を愛しむ様に抱く彼もまた
久しぶりに一筋の涙をこぼした


かわたれ時の空を
二人は並んで眺めていた

雨が洗い流した空は
息を呑むほど綺麗だった


「綺麗ですね」
青年の柔らかいバリトンが
彼の耳をくすぐった

「あぁ
そうだな」

そう言って青年を見た彼の目に
少し照れくさそうに微笑む青年が映った


星の夜空と
淡いブルーのグラデーションよりも美しい
青年の青年自身のための笑顔が
そこにあった



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今朝起きてふと浮かんだフレーズ
「彼はいつも微笑んでいた」
その時浮かんでいた映像は淡いブラウンのウエーブを
後ろで無造作に結んだグンちゃんでした
逆引きでイメージに合う曲をと探していてこの曲に・・・
繰り返し繰り返しリピートしながら書きました
二人に名前を付ける事をしたくなくて
彼と青年で書き分けたのでちょっとわかりにくいかも
彼も青年もグンちゃんで妄想できてしまうところが
グンちゃんの凄いところ
どんなイメージにもなれる彼、画像を見てるだけで幸せ

カップを2度トントンのエピソードはテギョンさんが
『どうしよう』を歌った時、指でマイクをトントンと
2度叩くシーンから。あのシーンは10年前から強烈に
記憶に残っていました
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