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「 約束のエアハイタッチ 」


一面の窓ガラスに、たっぷりとした陽の光を浴びて木々の緑がきらきらと揺らめいている。

あぁ、夏だ。
そう思わせるには十分すぎるくらいの、こぼれそうなほど眩しい日差し。クーラーのよく効いた涼しい室内でそのきらめきを眺めるのは、この季節ならではのしあわせといえるだろう。


・・・


「………ということで結びに、逢うべき糸に出逢えることを人は仕合わせと呼びます、なんていう有名な歌がありますが、幸福のさち、ではなく、仕事の仕に合わせると書いて〝仕合わせ“と読むこの言葉には、めぐりあわせ・運命という意味があるそうです。陽太くん、ひかりさん。どうかそのめぐりあわせに感謝の気持ちを忘れず、これからも末永くおしあわせに!」


少し長めの尺だったけれど、いい言葉だった。
会場の拍手を盛り上げるように、両手に空気を含ませながらパンパンと音を立てて手を叩く。

新郎側の主賓挨拶が締め括られて次は新婦側の主賓挨拶、その後にプロフィール紹介に入りつつ乾杯準備をして、と頭の中で分かりきったこの後のスケジュールを巡らせる。新婦側の挨拶は短そうだし、そろそろ乾杯用のスパークリングワインを抜いておくように一応声掛けようかな・・と思ったまさにそのタイミングで、耳元のインカムからバックヤードにいるサービスマンの聴き慣れた明るい声が届いた。

『新郎側の主賓挨拶終わりました!絶対に音立てずに、スパークリングの抜栓いくよ!』

さすが、同期。今日も意思疎通ばっちり。
顔の下半分が見えていないのを良いことに、私はひっそりと微笑みを浮かべる。


この気温だというのにも関わらず上品な着物をお召しになっている女性の温かい言葉に、純白のドレスに身を包んだ妖精のような彼女は早くもその大きな瞳いっぱいに涙を浮かべていた。どれだけ素晴らしいテンプレートの言葉を並べたとしても、実際にはお召し物ひとつでその関係性が伝わるものだ。柔らかな笑顔の素敵なご上司と、職場で愛されている涙脆い彼女の姿が目に浮かぶ。


(・・今日は大いそがしだな、これ。)

今にもマスカラが滲みそうな妖精の足元で小さくうずくまるメイクさんにそんな思いでチラッと目をやると、その瞬間に視線がぶつかった。

(・・お直し用品、足しときます。)

さすが、ベテラン。目だけで会話成立。
私が大きく微笑んでしまったことは、口元を覆う薄い布がまるごと包んで内緒にしてくれた。



金色の泡がシュワシュワと背の高いグラスに注ぎ込まれる。祝福の音色だ、といつも思う。

「それでは、声高らかにご唱和ください。
おふたりと皆様のご多幸を祈念して、乾杯!」

あちらこちらで掲げられた輝くグラスとともに、ふたりが最後まで悩んでいたBGMが一際勢いを増して空間にグッと華やかさを添えている。
やっぱりこの曲にして良かったですね、と心の中で呟きながら深々と一礼をしてゆっくりと顔をあげた。自然と、会場の前方中央へと視線が向く。

私は、そこでふっと安堵の息を漏らした。
降り注ぐような祝福の中心にいる主役たちのいつもの笑顔を、やっと目にした瞬間だった。


・・・


「希望は来年の10月か11月、土曜の昼以降、僕らはいいんですけど両親が気にするので出来れば仏滅は避けたいです。」

ブライダル業界に足を踏み入れて、早9年。
演出やドレスラインなど流行り廃りが年々変化するこの業界において、9年前と何ひとつ変わらないものといえば新郎新婦が希望する挙式日程へのこだわりだろう。

気候が良いシーズンがいいから夏と冬はNG。
遠方ゲストがいるから土曜朝と日曜夕方はNG。
絶対大安とは言わないけど仏滅はさすがにNG。

何百組・何千組と担当しても、多くのカップルがこの要望を口にされる。当たり前のことだと思う。誰だって良いものが欲しい。それが、一生に一度(9年前に比べてこの言葉はもう口にしなくなったことも、変化のひとつだ)の結婚式という大きな買い物であるなら、尚更に。

2019年の夏に出逢った陽太さんとひかりさんも、例に漏れずそのうちの一組だった。

私は、絶対にそのこだわりを否定しない。
今や2組に一組は結婚式を挙げない時代へと突入している中で、世間に結婚式の価値を提供できる方法はもはや「結婚式に参加して体感する」こと以外にないと思っている。だから、おふたりにとって満足のいく結婚式を挙げてもらうことこそが、プランナーとしての絶対的な介在価値なのだ。

だが、プロとしてきっちりと提案はする。
目に見えない未来の結婚式という高級無形商材の買い物において、イメージとはほぼすべてだ。式場見学に来られたおふたりが想い描く理想の結婚式について話を伺うと、陽太さんとひかりさんのイメージを叶える為には秋よりも夏に結婚式をした方が良いのではないかと思い始めた。

「僕たち大のビール好きで!初デートもビアガーデンだったんですよ〜〜。」
「派手な演出とかいらないからゲストのみんなとワイワイ飲みたいなぁ。あれ?花嫁ってビール飲んで良いものですかね!?」

そう楽しげに語る、陽と光の名をそのまま現したような明るく可愛いふたりの笑顔が、私に決め手を与えてくれた。

「おふたりにひとつご提案です。
来年の秋じゃなくて、夏に結婚式しませんか?
テーマは、ビアガーデンウェディング!緑が綺麗な夏の時期に、全員で思いっきりビールと食事を楽しんで、好きな音楽をかけて最高に盛り上がる結婚式がきっとおふたりにはオススメです!」

夏フェスみたいにガーランド吊るして、お口直しのソルベはかき氷風にして、ビールはそれぞれが好きな銘柄選べるように色々用意して、、、

私も実はビール大好きなんですよ!と興奮気味に次々とプランニングを伝える私の熱のこもった様子に目の前のふたりは次第に顔を見合わせる。これは早まってしまったか、と思ったときだった。

「・・・なんだか分からないけど、楽しそう!
 一緒に、最高の結婚式にしてください!!」


ふたりで一本ずつ片手を出して、あの満面の笑みで私にハイタッチを求めてくれたのだった。


・・・


それから、半年後。
年が明け春が近づきいよいよ打ち合わせが始まろうとしたその頃、信じ難いような恐ろしいニュースが瞬く間に世界を席巻していった。

人気の春先に予定されていた式が、次々と延期やキャンセルになってゆく日々。誰も正解を知らないこの状況下で、ちっぽけなプランナーの私ひとりにはどうすることもできなかった。


鳴り止まない電話とメール。
哀しみに暮れる新郎新婦様やご家族。

本当にやってくるのか分からない「いつか」の約束が増え続ける毎日に、絶望が止まらない。

ついに業務もストップし、あれほど夢見ていた土日休みを味わうことになった。それは実際に過ごしてみると、何ひとつ楽しくなんてなかった。
付けっぱなしのニュースから、結婚式場のキャンセル問題を語る評論家たちの声がぼんやりと聴こえてくる。

「こんなご時世ですらキャンセル料を取るんですか?」「不明瞭な業界ですねぇ。」「やってもいないモノにこんなお金は払えませんよ!」


うるさい、煩い煩い煩い。
働く私たちが、そんなこと一番分かってるよ。

未来の日程と空間を事前に押さえることで賃金が発生する結婚式のシステムは、ライブや演劇と同じようなものだ。なのに、何故。結婚式場だけがこんなに叩かれなきゃいけないんだ!

・・・言いたいことはそんな文句ではなかった。
そう叩きたくなる新郎新婦様のどうしようもない気持ちをいちばんに理解しているのは見ず知らずの評論家たちではなく、きっと誰よりも私たちスタッフなのだということだった。

だからこそ、前を向かなくてはいけない。
未来が予測できなくとも、例えやってくるか分からなくとも、その「いつか」の結婚式を叶えるのが私たちの役目だ。そう強く言い聞かせた。どんなに心が折れそうでも、その約束がある限り新郎新婦様より先に挫ける訳にはいかないのだ。

そうして、夏の結婚式実現を心底願いながら。
陽太さんとひかりさんのおふたりとも、来るべき佳き日に向けての打ち合わせをスタートさせたのだった。


オールリモートでのお打ち合わせ。
事前に資料をスキャンして添付して、宿題範囲を説明して、不明点はメールか電話のやりとりを繰り返す。いざやってみるといつも通りの対面と変わりのない感じがしたが、それでもやはり目の前におふたりが「存在する」ことと、画面越しにおふたりが「見える」ことはすこし違っていた。

ちょうどその頃にzoomで結婚式をした、というニュースを観た。この時期に久々の希望を感じた素晴らしい取り組みだと感動したけれど、今後このスタイルが結婚式の定番に!?という予測にはどうしても今すぐ頷けなかった。

私は、まだ信じていたい。

結婚式という、場の奇跡を。
人生でこの先二度と集まることのない顔ぶれが揃って過ごす、たった2時間のかけがえなさを。

プランナーとして、それが諦められなかった。


・・・


願いを込めた、夏がやってきた。
オリンピックが延期になり、甲子園が中止になり、そのたびに不安と僅かな期待を積もらせて待っていたけれど、残念ながら収束はしなかった。

「結婚式、やります。」

陽太さんから短いメールが届いたのは、延期を決めるギリギリのタイミングでのことだった。
夏の式にも春と変わらず延期やキャンセルは相次いでいて、二転三転する世の中の状況を鑑みてもおふたりのご判断に委ねるほか無い中での大きな決断に、私は胸がいっぱいになった。

「来れない人もいます。だけど、やります。

気持ちいい夏にぴったりの、全部のモヤモヤが吹き飛ぶような最高のビアガーデンウェディングをお願いします!」


涙が、あふれた。
叶えなきゃいけない。絶対にやり遂げる。

何があっても陽太さんとひかりさんに笑顔でお帰りいただくことを、このとき心に堅く誓った。




そうして、今日。

あぁ、夏だ。
そう思わせるには十分すぎるくらいの、こぼれそうなほど眩しい日差しの中で。

おふたりのご結婚式当日を迎えたのだった。


マスク姿のゲストがずらっと立ち並ぶ挙式。
その独特な空気感と当日ならではの緊張感で、タキシードとウェディングドレス姿の神々しいほど静謐な空気を纏ったおふたりは、まだどこか作ったような笑顔のままだ。

私は後ろの方で、その凛々しい顔をそっと見守りながらずっと考えないようにしていた。

「あの時、夏の結婚式を提案しなければ。」
「希望通り、秋に結婚式を予定していれば。」

何百回も頭をよぎったそんなタラレバが、悪魔のように私に囁き続けている。

駄目だ、絶対に駄目だ。成功させるんだ。


その想いをかき消すように、披露宴前に急遽スタッフを集めて円陣を組んだ。

「必ず最高の結婚式にしよう!口元が見えなくとも、絶対に笑顔は伝わるし伝染する。私たちから幸せを会場全体に届けよう!負けないよ!」

本当は、自分が自分にいちばん伝えたいメッセージだったのかも知れない。


・・・


「乾杯!」という魔法の言葉が掛けられた後。
降り注ぐような祝福の中心にいる主役たちは、先程までとは一転して最高の笑顔で楽しそうに、そしてなんとも美味しそうにビールを飲んでいた。

ゲストも今だけは口元の邪魔者をそっとしまって、距離には注意しながらもおふたりの元へ賑やかに向かってくれている。肩を組みながら、時には小さく口ずさみながら、それはまるでビアガーデンさながらの盛り上がりで。

来られなかった遠方のゲストには、卓上に用意したPCでzoomを繋いでいる。
画面に何度も何度も乾杯をして泡をつけてしまいそうな陽太さんとひかりさんのはしゃぐ姿を見ていると、このアイディアをくれたあの時のニュースに心から感謝だった。

私もスタッフもその圧倒的に幸福なかけがえのない場の空気に、みんな口元が見えなくてもはっきりと分かるくらい満面の笑みが止まらなかった。



御開きまでおふたりとゲストの笑い声が溢れるしあわせな時間はあっという間に過ぎてゆき、すべてをやり遂げたおふたりのお見送りのとき。

「お忘れ物ありませんね。帰ってからのzoom2次会も、くれぐれも飲み過ぎには注意ですよ!」

陽が傾きかけた道路脇にすこし離れた距離でそう笑ってタクシーを待っていると、おふたりがふと顔を見合わせて、そしてこちらに向かって高々と一本ずつ片手を突き上げてくれた。

「最っっ高に忘れられない夏の結婚式でした!
 ありがとう、やってよかったです。

 いつか、この思い出に笑って、また乾杯しましょうね!!」




本当にやってくるのか分からない「いつか」の約束が増え続ける毎日に、私は希望を忘れない。

叶えたい未来がたくさん待っている。
こんなところでは、立ち止まれない。

約束のエアハイタッチが鳴り響く音が、眩しくて儚い夏の暮れにそっと聴こえる気がした。





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