見出し画像

卒業式①

「行ってきます」と両親に挨拶をして家を出た。

小学生から大学生までの16年間、当たり前のように続いていた学生生活が今日で終わる。

いつものように最寄り駅まで歩き、いつものように阪急電車に乗って大学まで向かった。

これで最後だと噛み締めながら。

そして、いつものように北九州出身のSの家に足を運んだ。

4年間通いに通った私の知ってる彼の部屋はそこにはなく、ベットや家具、家電のない6畳の部屋だった。

引っ越しの荷物が散乱しており、部屋が散らかっていることだけは以前と変わっていなかった。

もう二度とこの部屋でみんなで馬鹿騒ぎすることはないんだなと思うと少し寂しい。

Sの身支度が終わると、正門前で写真を撮るために並んでいる他の友達と合流した。

彼らはバシっと髪型を決めて、おしゃれなスーツを着こなしていてとてもイケている。

正門で写真を撮る順番が来るまでの間、私たちはいろんな話で盛り上がった。

配属先が島根になった話、卒業式の3日前に彼女に別れを告げた話、実家から本社への移動時間が87分だった為家賃補助が出なかった話(90分を超えたら補助が出るらしい)などいろいろ聞けて楽しかった。

行列はなかなか前に進まずに、気づけば卒業式が始まっていた。

進まない行列とは対照的に私たちの会話は一向に止まることがなかった。

結局1時間くらい話していたら、自分たちの番になったが、写真を撮り終える頃には卒業式は終わっていた。

卒業式に出ないなんて、みんな揃ってサークルに所属していない私たちらしいなと思った。

式が終わるとゼミごとに集まって卒業証書を貰う流れになるのだが、私はゼミを途中で辞めているので、大講義室に向かった。

そこで、私と同じようにゼミに所属していない学生たちは卒業証書を貰うのだ。

私は大講義室にいる学生が思いのほか多いことにびっくりした。

こんな学生がいたら卒業証書を配る教授も大変だろうなと思いながら、私は自分の名前を呼ばれるのを待った。

私の苗字はカマダ(仮名)なのだが、カナザワという名前が呼ばれてそろそろ私の順番が来ると身構えていた。

しかし、私の名前は呼ばれず、カワハラという名前が呼ばれたのだ。

「あれ???おかしいな???私は???」

「もしかしてもしかすると、私は卒業できていないの???」

一気に心拍するが上がり、体中から嫌な汗が流れてくるのを感じた。

こんな地獄のようなサプライズがあったとして、この世の中にいる無数の学生の中で私が受けることになるなんて到底信じられない。

ちゃんと学校にも行ったし、テストも頑張ったのに神様どうして!!

すでに私の顔は半泣きになっていた。その時の私はさぞかし惨めな顔をしていたんだろうな。

どうか誰にも見られていませんように。

私の頭の中ではさまざまなことが頭によぎっていた。

親にどの面下げて帰宅しようかなとか。

この後飲みに行く大学の友達には卒業したフリをしようとか。

内定辞退の電話嫌だなぁ、もう一年待ってくださいとダメ元で人事に言ってみようかなとか。

しかし、それらは杞憂に終わった。

カマダさんと教授に呼ばれたのだ。

私は戸惑いながら前へ出て、卒業証書をもらって気づいた。

「カワハラさんじゃなくてカナハラさんだったんだ。」

私はなんとか卒業できるみたいだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?