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24:異邦の香りによせて

4歳ごろ。
母の知人宅へ、私も連れられて行った。

私はそういう、なにげなく過ごした時間の記憶もわりと鮮明だったりするのだが、普通はあまり覚えていないものなのだろうか。

もちろん、すべての出来事が記憶に刻まれているわけではない。

思うに、ひとつの「体験」以降に、その「体験」を思い出すような出来事があるとする。
私はそういう場合に、過去の「体験」と最新の「体験」を紐づけるクセが強いのではないかろうか。

いわば「前にもこういうことがあったな」という、セルフ刷りこみ。
それをたびたび繰り返して生きてきたので、古い記憶が最新の記憶と連動している、ということがあるのでは。

たとえば、引き出しを開けたら、同じところに古いものも一緒に入っていて、そのつど眼に入る。
普段は使わないものでも、不意に必要になったとき、あそこにある、と覚えているような感覚。

つまり記憶力のよさとは、関連付けの刷りこみの強さなのだ。
と、勝手に言いきってしまったが、ただの仮説である。

***

人の記憶を呼び覚ます要素のひとつとして「におい」がある。

何十年も経って、もうすっかり忘れてしまっていた昔の恋人。
そのことを街で突然思い出す。あの人のつけていた香水のにおいだ。
……なんていうのは、手垢にまみれたような話だが。
多くの人の共感を呼ぶものだから、多用されてきたのだろう。

私の幼少の記憶にあるにおいは、もっといろいろと特殊だという気がする。

まず、世間知らずの4歳なので「◯◯のにおい」がわからない。
ただ「場のにおい」として記憶される。

その後、別の場所で似たにおいを嗅ぎ「あれはこのにおいだったのか」と判明する。
ところがその段階で、もうすでに「◯◯さんの家のにおい」が最初にあるので、似たようなにおいを感じるたびに、その「◯◯さん宅」を思い出すのだ。

***

話を冒頭に戻そう。

どんな家にも、大抵はその家庭のにおいというものがある。
普段寝起きしている自宅には感じなくても、久しぶりに実家に帰ったりすると、ここにも独自のにおいがあったのだ、ということがわかる。

母に連れられて行った家のにおい。
おそらく私が家にあがって過ごしたのは一度きりなのだが、覚えている。
なぜだかわからないが「アジアの異国料理」の香りと紐づいているのだ。

前述の通り、4歳当時は「アジアの異国料理」のにおいを知らない。
「◯◯さん宅のにおい」として記憶される。
最近になって、ある異国の料理を食べたときに、当時のことを思い出した。
パクチーを豚の挽き肉と醤油味で炒めたのかな、というにおいである。
考えてみれば、数年に一度の割合で、思い出す機会があったような気がする。
だから一度訪れただけの家での出来事を、すぐに思い出すのだ。

そのお宅の居間に、母と母の友人。
居間の隣室は、少し古い印象の畳の部屋で、4歳の私。
姉は一緒じゃなかったので、学校に行っている時間帯だったのだろう。

大人たちが話をしている間、私はそのお宅の息子さんの本を与えられていた。
隣室から、少し鼻声で枯れた感じの、ちょっと特徴的な母の友人の話し声が聞こえてくる。

畳に広げていたのは、鉄道車両や重機の写真が並んだ本。
私はあまり電車にも重機にも強い興味をもたない子供だったので、きっと食いつきはよくなかっただろう。
そして仮面ライダーの本。こっちには食いついたようだ。
私の世代ではない初期の仮面ライダーから、世代のBLACKよりひとつ前のライダーまでが紹介されていた。
いくつか歳上の息子さんだったはずなので、そういう年代だったのだろう。

両方とも幼児向けの本らしく、ページが厚紙になっている。
横から見ると、厚紙のグレー色が見えるくらい分厚いものだ。

ちなみにこの本に載っていた、仮面ライダーが横並びに勢揃いしている写真は、家の二段ベッドの縁に貼られていたシールと同じものだった。
背景が灰色の山で、特撮モノの撮影で戦闘中に爆発を起こすような場所。
おそらく映画か特番の撮影で、仮面ライダーが揃ったときの写真だったのだろう。

家に当時あった二段ベッドは、確か親戚あたりから貰ったもので、その仮面ライダーのシールは最初から貼られていた。
私の世代は『仮面ライダーBLACK』なので、その集合写真に姿がないのがなぜなのか、と薄っすらと不満に思っていたことを覚えている。

***

その母の友人一家とは、地元の中華料理屋に食事に行ったこともある。
元気のいい息子さんで「唐揚げ」と言うべきところを「カラオケ」と大声で言って、大人たちの笑いを誘っていた。
そんなことを覚えているのも、においの効果なのかもしれない。

においで思い出すことは、さまざまにある。

就職先で換気扇のフィルター掃除を指示される。
古い油のにおいから幼稚園を思い出す。
思い出したのは、幼稚園の部屋に染みついたクレヨンのにおいだ。

マクドナルドのフライドポテトは、牛脂のにおいがする。
小学校のころよく遊んでいた友人を思い出す。
Tシャツがフライドポテトのようなにおい。
つまり友人宅は牛肉をよく使っていたのかもしれない。

鶏の炭火焼を食べて、親戚の家のにおいを思い出す。
そこの伯父は酒好きで、つまみによく食べていたのではないか。

夏の売り場に並ぶ、枕やマットなどの「い草」のにおい。
親戚宅へ連れられた夏の日。
新築で、新しい畳の部屋でよく冷えた麦茶を飲んだ。
竹細工のコースターに乗せてあった硝子の器。

エアコンの効いた実家の居間。
自分の部屋にまだエアコンがなく、夏休みにやっていた『ファイナルファンタジーVI』や『悪魔城ドラキュラX 月下の夜想曲』を思い出す。

ゲームといえば、具体的なにおいではないが、秋風から思い出すのは『クロノトリガー』。
夢中で遊んでいたときのワクワク感や空気感が、秋風とともに蘇る。

▼脳内再生されるのは名曲『風の憧憬』。

名曲として、さまざまなカバーやアレンジ版が世に存在する曲だが
私はスーパーファミコンでプレイしたオリジナルのものがやはり好きだ。

においだけでなく、音楽やゲーム体験も記憶と紐づいている。
このあたりも、いずれ順に紐解いてみたいものだ。


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