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教室のアリ 第4話 「4月12日」 〈仲間との別れ 孤独の始まり〉 

 オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組。
本当に昨日はいい日だった。我ながら1年生の教室に遠征を思いつくなんて天才だと思ったよ。これで10日は腹がもつ。

 改めてだけど、オレは一匹狼だ。正しく言うと一匹アリだね。でも数年前までは仲間がいたんだ。女王さまのためにせっせと働いていた。列をなして、甘いものを運ぶ役割だ。グラウンドの隣が公園で、子どもたちがセブン-イレブンで買って、食べて、捨てたりこぼしたりしたお菓子を狙っていたんだ。芝生の隅にある穴が「巣」だった。それはそれは平和な日々だったよ。そんな「平和」が終わったのは突然だった。原因を作ったのは「シロツメグサ」そう、王冠とかネックレスとか作る、春先に咲く白い花。公園ができた頃は(ほとんどの公園がそうであるように)長めの芝生がキレイに植えられていた。でも(ほとんどの公園がそうであるように)踏まれて、冬になり、はげて、春にはいろんな草が生えてくる(雑草って言葉はあんまり好きじゃない)。その一つが「シロツメグサ」だった。まぁ、クローバーだね。「シロツメグサ」は強い。年々、そのエリアはひろがってくる。春が来るたびに白が多くなって、緑が少なくなった。嫌な予感はしていたんだ。

 上下お揃いの作業服を着たおじさんたちが、リュックみたいなタンクを背負ってやってきたのは数年前の5月の終わりだと思う。オレは少し離れたところで、「グミ」を運んでいた。その時、おじさんたちは公園の隅に集合して、何やら話をした後、長い棒の先から色のついた水を撒きはじめたんだ。5人で横一列に並び公園の端から、丁寧に、まんべんなく…。おじさんの目はサングラスで隠れていたけど、なんか怖かった。おじさんたちから巣までは約150メートル。オレはさらに50メートル遠い200メートルのところにいた。オレは足が遅い(アリの中では速いけど)。迷った…グミを捨て全力で走って仲間に伝えるか、諦めるか。走っておじさんたちを追い越す自信はない、おそらく無理だ。諦めるのは簡単、走ってもオレも巻き添えになるかもしれない。ちょっと触れただけで命の危険がありそうな液体だと思う。だって、芝生は枯れず、シロツメグサだけ枯らしてしまう不思議な水なんだもん。人間は恐ろしいものを作る。オレからみれば同じ人間なのに、殺し合う武器だって作るらしい。とにかく、オレは巣に向かうことにした。

 結論から言うよ。巣は…巣の中にいる女王様と仲間は、全滅した。黙って、横一列で、液を撒き続けるおじさんたちはそんなに速くないけど、オレはもっと遅かった。オレの速さはみんなわかるよね。色付きの液体が巣に流れ込んでいくのを20メートルくらい遠くから見ていたよ。溺れてしまったのか、毒の成分が入っていたのかはわからない。でも、夕方になって巣を見にいった時には心が絞られるみたいにギューと寂しくなった。悲しかった。誰にも聞こえないだろうけど泣きわめいた。

「シロツメグサが生えてても、いいじゃん!」

 もし、毒素が入っていたとしたら公園にはもう住めない。だからオレは学校の教室に向かったんだ。もしかしたら、逃げることができたり、遠くに食べものを探して巣にいなかった仲間と会えるかもしれない。そう思いながら歩いたけど、誰とも会えなかった。すれ違ったのは、蚊とか蜂とか、空を飛べる虫だけだった。「空を飛びたい」。生まれてから一番そう思ったね。

 こうして5年2組の一員になったオレは、それ以来いろんなことを勉強していったんだ。人間のルール…子どもたちが考えていること…そのほか、楽しいこと、悲しいこと、いろんなこと。

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