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教室のアリ 第32話 「5月12日」①〈意外な相談相手〉

オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組で名前はコタロー。仲間は頭のいいポンタと食いしん坊のまるお

 庭から聞こえてくるのはバットを振る音とトドウフケンだ。
「ブン!」「ミヤギ」「ブン!」「フクシマ」…
「よく寝たなぁ、まだ6時かぁ…ダイキくんは元気だなぁ」まるおは眠い目を前足で器用に擦りながら言った。きのうはリュックに入って家に帰り、ナベと呼ばれていたものを食べた。熱い汁が飛びまくって床に落ちたのを舐めまくった。いっしょに肉や野菜のカケラも美味しくいただいた。きょうは試合でダイキくんとパパとママも行くみたい。つまり家には誰もいなくなる。オレたちは「留守番」をすることにした。
 8時、3人は自転車で野球に行った。まるおはキッチンへ、ポンタはダイキくんの部屋に、オレは庭にそれぞれ向かった。集合は12時、まるおのいるキッチンにした。ポンタはどんな勉強をしているのか気になるようだ。悪い癖だと思うんだけど、ダイキくんは教科書やノートを開きっぱなしにする。だから、文字を読めるところだけでも読んでみるんだって。すごいなぁ。まぁ、まるおの行動はわかる。部屋の隅のエサを食べまくるんだろう。そしてオレは、最近のアリの巣について研究することにした。多分だけど、庭にはひとつくらい巣があるだろう。まずはダイキくんがバットを振っていたあたりに行ってみた。けど、そこはダメだった。踏み固められて穴が掘れない。次に庭の隅の方へ行ってみた。巣はあった。でも、今は使われてないようだ。大きさはちょうど公園で住んでいたのと同じくらいだった。恐る恐る入ってみた(昔は怖くなかったのに…)。なんだか懐かしい匂いがした。働きアリが頑張っていた匂いだ(人間にはわからないだろう)。オレはもう、この生活に戻ることはない。そう思うと、どことなく寂しさがやってきた。ポンタとまるおと3匹で「仲間に入れてください。一生懸命働きます」ってお願いしたら、戻れるかもしれないけど…。巣は結構深くて立派だった。一番底まで行って、あたりを見回して地上に戻った。地上の方がいい、教室の方がいい。いつか海を見るんだ。海を見れたらあの世に行ってもいい。でも川を葉っぱに乗って下っていくのは危険すぎる。何かいい方法を思いつかないと…。

〈空を飛べるはずもなく〉
 木の根元に寝転んで空を見た。白い雲とオレの間には、蝶々さん、蜂さん、そして蠅がいた(蝿はこの前もめたから呼び捨て)。蝶々さんはピンクの花にとまって食事をしていた。
「おいしい?」オレは聞いた。
「この花は美味しいよ。ところで何でこんなところにいるの?」今度は蝶々さんが聞いてきた。オレは手短に説明した。蝶々さんは不思議な顔ををした。オレは冗談半分で頼んでみた。
「ねぇ、オレは海を見たいんだけど、遠い?近かったら連れてってくれる?」
蝶々さんの顔はどんどん困った顔になった。庭には二羽ニワトリはいない。1匹のアリと1羽の蝶々さんがいる。

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